田舎は人情があるか?どうか?

私自身も山口に戻り
15年目です

振返ってみると

茨城の水戸で生まれて
5年間
   👇
埼玉の浦和(現さいたま市)
1年間
   👇
小中高と山口で12年間
   👇
広島で一年浪人1年間
   👇
大学は東京へ4年間
    👇
就職は首都圏中心に18年間
   👇
そして再び山口へ14年間で
今に至ってます

山口での生活が26年間
首都圏での生活28年間
広島で1年間と

ほぼ山口と首都圏で過ごした
時間が半々となりました

改めて振り返えれば

私が子供の頃は田舎の
良さが残ってました

それは例えば

ちょっと半日、家を
空ける時は近所に一言

家に戻れば
「雨が降り始めたので」

そう言って洗濯物が
とり込んである

また多く作ったといって
夕食のおすそ分け

田舎には向こう三軒両隣は
当たり前でした

何でこんなことを
書いているのか?

不思議に思われるかも
しれません

先日たまたま横浜に住む方と
話をしていた時

「田舎には人情がある」
そんなことを言われてました

確かに無くはないですが
昔に比べれば気薄になった

そう感じてます

田舎は近所に対して
世話好きな方が多く

都会は周囲に無関心

しかし今は田舎も中途半端に
都会化してます

古きよきもので残さなければ
いけないものと

そして変わらなければ
いけないものと

この2つはいつの時代でも
業種業態や地域を問わず

不変なことと感じます


人情は薄れても
私が今の仕事を続ける限り

失ってはいけないものは

それはやはり「旅情」

消費型の贅沢の限りを尽し
非日常と呼ぶか?

日頃と違った静かな場所で
自分と向き合う時間を持てるか

間違いなく当館が
目指しているのは後者です

また話は戻りますが

人情が薄くなった
地方の田舎も

やはり本音では人が減り
よそへ出て行く

この人が減って行くことを
良としている人はいません

私も茨城の水戸で生まれてから
地方と首都圏を行ったり来たり

なので地方で暮らしてみたい
そう言った方に向けて

それぞれのイイところや
そうでないところ

この部分はキチンとお伝え
することができます

今までの自分の経験が何か
生かせる場所と言えば

長年携わった「健康増進」
この「地方への移住」

2足のワラジならぬ二刀流で
新たな15年目

迷わず進みます

年収が半減しても、地方の田舎暮らしを勧める理由

5月がスタートです
新緑のまぶしい季節

私は年間を通して山が一番
綺麗な今の時期が好きです

14年前の2007年の本日
今の仕事を始めました

初日はあいさつ回りで
あの当時のと比べれば

従業員数も半減

10年ひと昔ならぬ状況は
大分変わりました

自分としてはけじめをつけて
山口へ帰ったつもりでも

やはり東京への未練は自覚が
ないだけで残ってました

例えば
日が暮れて夕食のお皿を
洗っている時など

周りの景色が
見えないだけに

「自分はまだ東京で仕事を
しているのではないのか?」

そんな錯覚をしたり

忘れようと思えば思うだけ
頭に思い浮かんだりでした

確かに東京は便利で
刺激があって楽しい街です

お金さえあれば
楽しさが買える

私も山口に帰るにあたって
一番の心配事

それは東京の楽しさを
本当に捨てきれるのか?

その一点だけでした

在京の頃、仕事が終われば
他社のスポーツクラブへ直行

軽いトレーニングやヨガ
ピラティスなどを行って

プールで泳いだら、屋外の
ジャグジーで一人のんびり

ちょうど夜の新宿副都心の
高層ビルが見える

今思い出しても最高の贅沢
これが私の仕事のアフター

果たしてこの習慣ともなって
いた楽しさを捨てられるか?

そこが一番の不安でした

また、収入の経済的な
不安もありましたが

私の場合は楽しさを
捨てられるかどうか

これが一番の問題であって

経済的なことはたいした
問題ではありません

確かに在京のサラリーマン
時代より年収は半減

でも地方の生活での支出は
東京より少ないです

家賃や駐車場、移動にかかる
電車代や待ち合わせのお茶代

とにかく東京はチョコチョコ
お金が出て行ってしまいます

ですが、地方の田舎は
使うことがほぼ無しです

なので年収が半減しても
私は今の暮らしがいいです

会社帰りのスポーツクラブの
楽しみは無くなりましたが

大手の頃ではなかった
様々な人との人脈ができます

また、サラリーマンのように
会社に縛られず

やりたいこともできるのです

年収を取り都会の
楽しさにひたるか


   VS

それとも地方の田舎で自由に
やりたいことをやっていくか

確かに公務員と違って
経済的な補償はありません

地方といっても物価は
それほど安くはないです

でも一番はやりたいことを
やれるかどうかでしょう

どうせ一度だけの自分の人生

自分のやりたいことを
やるなら

地方田舎という選択肢が
ある訳です




自らに課せてみるデジタル・デトックス

本日、2回のZOOM面談

新型コロナを境に対面から
オンライン化へ移行が進み

リモートワークやテレワーク
ワーケーションなど

これはコロナがキッカケです

しかし同時にちょっとした
こともZOOMが増え

いいような悪いような
そんな感じです

私が14年前に東京から
戻った時

ネットの高速回線はなし
PHSは使えずと

かなり不便な状況でした

さらに東京では当たり前の
ように参加してたセミナー

これがどうしても
地方は少ないのが現状

あっても開催場所は
福岡か広島

東京よりは近かくても

やはり時間とお金は
必要となります

しかし今はその半数が
オンラインで受けれます

地方の田舎にいても
学びやすい環境となりました

でも人は不思議なものです

のど元過ぎれば熱さ忘れる
の如く

あれだけ学ぶことに貪欲
だった10年前に比べれば

「いつでも受けれる」が
気持ちのゆるみともなる

そんな感じもします

無いと困るし満たされても
堕落しがち

改めて人間のわがままさ

そして人は環境に左右される
そのことも実感する訳です

でも今のままの
満たされ状態では

「ゆでカエル」状態とも
なりかねません

いや、それは一人一人によって
ちがう、個人の問題でしょう

そう言われるかもしれません

今の地方田舎の問題は
中途半端に都会化し

中途半端に便利です

これが何となくかつての田舎の
いい部分を無くしてるようです

これは私がかつて地方に移住
した時に感じてたハングリーさ

ゆでカエルの骨抜き状態にも
なりかねません

ではどうすればいいか?

これは自分の目標を
さらに高める


これが一番イイです

そしてオンラインとリアルと
双方に参加する

やはりリアルで感じる
オンラインではわからない

そんな肌感覚はあるものです

情報のほとんどは東京に集まる
その分散化は言われて久しく

しかし、地方はもっと貪欲に
情報を取りに行く

学びの姿勢が大事でしょう

どこにいようと一生学ぶ
恵まれた時代だからこそ

自分を敢えてストイックな
状況に追い込むのもありしょう

本日はこの後ネットを使わず
仕事そして生活をして

今のぬるま湯状態の環境を
しばらく脱することで

ネットの有難みを
感じてみます

地域を知る手段の一つはお弁当配達

本日の地元紙中国新聞に
掲載して頂きました

記事の内容はコロナで減収を
補う為のお弁当配達

地元野菜にもこだわってる
そのことも書かれてあり

さらに私の目指すところの
UJIターンも一部触れてます

当館は今年の5月29日で
丸41年を迎えます

開業当初、地元にありながら
地元との接点が少なく

それというのも宿泊と言えば
旅行や観光とセットです

なので地元の需要と言えば
法事や会合などです

年に一度の利用が
あるかないか

この程度の地元との接点でした

しかしこの度、お弁当の
宅配と持ち帰りをはじめ

顔を合わせ、話もし
より多くの接点がもてます

こうやってこちらから地域に
出て行くことで

地元を知り
人と交わり

新たな発見があるのです

このことで目で見て
肌で感じることができます

己を知り敵を知れば百戦
危うからずではないでが

地域を知り、そして新たな
UJIターンの人もしれれば

スムーズな移住への
橋渡し役ができる

そのように感じています

もうすぐ卒業式、そして入学式

一年の節目を迎える時期です

転勤や引っ越しなどが多くなる
季節でもあります

会社の辞令だけでなく

リタイアしたら田舎でゆっくり

会社員時代にできなかった
ことを地方でやってみたい

そんな時に選ばれるためには
ネットの情報だけでなく

その土地に一度は足を
踏み入れるはず

その時のベースとして
当館があり

その為のコーディネイトを
私、吉本ができるのです

誰よりも地域を知り

大手を知り中小零細も知る
都会も知れば田舎も知る

コツコツ積み上げることが
大事です

自分は新聞などメディアに
出たがる目立ちたがりの性格

その反面、大鉈を振るうような
大胆な性格でもありません

なので今回のお弁当配達は
あくまでも地元へのご挨拶

移住・定住の為の取り組みが
新型コロナを機に

今、始まりました

空き家を見て感じる「人が住むという事の意味」

最近はチラシの配布や
お弁当の配達など

地域を歩いて感じるのは

空き家が多いことです

まだまだ住めそうながら
カーテンが閉まってると

「あぁ~ここは空き家だな」

残念にそしてもったいなく
思います

家も人間同様
生きていると考えると

このまま古くなり

誰からも見向きされず

家があることさえも
忘れられて…

なんか寂しいです

新築時は多くの人に喜ばれ
人が離れると寂しさが残る

私も幼いころ5歳まで

茨城県水戸市で
過ごしました

その当時は借家住まい

お風呂もなかったですが
不便さなど感じず

楽しかった思い出は今も
鮮明に残ってます

その後、埼玉の浦和、山口

大学と社会人18年間を
東京で

そして2017年より、再度
山口へ戻ってきました

今振り返って思うには
最初に住んだ家

それはいつまでも記憶の
片隅にあるものです

2004年の3月

母と妹と私の3人で
水戸の家を見に行きました

「もうとっくにないだろう」

3人ともそう思ってました

しかし現地ついて

ビックリ

人は住んで無くても
家は残ってました

とても人が住める様子では
ありませんでしたけど…


さらに話は続き
一年後の2005年

妹ともう一度、水戸の家を
見にいきました

しかし一年前に見た家は

あるべき場所に
見当たりません

場所が違うのか?
いやそんなはずはない

少しがっかりしながらも

妹には
「40年ぶりに住んでた人が
見にきて家も満足したんだな」

そう言い聞かせると
妹も小さくうなずきました

家も我々が来たことで
その役割に幕を下ろした

そう解釈してますし
そう思いたいのです

考えてみれば
家は何でも知ってます

泣いた事や笑った事など
住んでいる人の

喜怒哀楽をです

もうすぐ卒業式のシーズンです

人の一生には節目が
あるように

住み慣れた家にも節目は
訪れます

自分や家族をずっと
見守ってきた家

離れる時はやはり感謝し
離れたいものですし

そうして欲しいと
空き家を見て思うのです


家は生きている
人と同じように

住むことは大事

住まなくても節目は大切に
して欲しいです

今はひと気がなく寂しい家も
もしかしたら再び賑わいが戻り

家自体が、たとえ何十年

経っていても喜んでくれる

そのキッカケを増やす
ためにも

観光 健康 保養など

様々なモノを使い

この岩国市錦町に足を踏み
入れるキッカケづくり

それを創るのが私の仕事です



空き家と過疎高齢だけが田舎の問題ではない

「お弁当の宅配始めます」の
チラシを配って思うのは

空き家が多い

歩いて一軒一軒訪ねると

「ここは人が住んでいるの
だろうか?」と迷う事が多々

この空き家問題は
全国的な問題です

日本は人口減少が進み
世界でも稀な超高齢化社会

どうする日本!?

そんな政治家でもないのに
大きなことを考えながら
歩いてました

その一方、人口は減っても

必ず見かける
建設中のマンションや
夢のマイホームのチラシ

新しく建てなくとも

田舎にはリフォームすれば
住めそうな家は何軒も

需要と供給のバランスに
疑問を感じながら

やはりそこは
いつかはマイホーム

そして
住宅・マンションメーカーの
マーケティングのうまさ

この2つが住み替え需要を
喚起しているのでしょう

話はだんだんと大きく
なりますが

地方の田舎にこれだけ
たくさんの空き家があり

リフォームするお金と
住みたい気持ちがあれば

即、見つかるだろうと
考えがちですけど

これが甘いのです

そんな一筋縄ではいかない
田舎の事情があります

モチロン、どの自治体にも
UJIターンの窓口や
空き家バンク制度があります

しかし登録物件は都市部の
賃貸業者がかかえる物件の
比ではありませんし

また現地に足を運んでみると
道が細い、店がないなど

生活インフラが整ってない
ことも多いです


最初から農業をしながら
自給自足の生活など
難しすぎると言えます

しかし人はイイ意味でも
そうでなくても

慣れます

ある程度の不便さは
割り切れるはずです

住めば都とは言わなくても
田舎の良さは発見できます

しかし
そんな田舎も慣れないうちに
地域と関係性がうまく保てず

他の地域や都市部へ戻ったり…

これは報告されてないだけで

かなりの人が田舎暮らしを
一旦スタートしても馴染めず

出て行ってしまう

住みたいと希望してこられる
都会の方

又、住んで欲しいと思う
地元の方

相交わるハズなのに
何故か起こるミスマッチ

ここには仲介する人間が
必要なのデス

住む場所を探し
提供するだけでなく

地域の人と新しい人を
上手く結びつける人間

このコーディネイトができる
存在が必要です

そこで私、吉本なら

大手と中小 都会と田舎
その双方の酸いも
甘いも知っているので

できます
やります

そしてやって見せる
自信はあるから

こうしてブログで
伝えるのです


渋沢栄一に見る環境の変化が自身に与えてくれるもの

とうとう始まりました

NHK大河ドラマ
「青天を衝け」
(せいてんをつけ)

主人公は渋沢栄一

(毎日新聞より)

新一万円札の顔となり
近代日本の礎を創った方

多くの説明は
必要無いでしょうけど

彼の多くの功績は
大河ドラマに
収まりきるのかどうか

それほどの数えきれない
偉業を成し遂げたのは
誰しも認めるところです

では何故、彼がこれほどの
功績を成し遂げたのか?

これは、今後のドラマで
語られるとして

私が思うキッカケの一つは
「海外渡航」だと思います

歴史を振り返ると
江戸末期の黒船来航の頃

今のままの日本ではダメだ

そのような機運があった
世の中にあったことは
確かです

さらに思っただけでなく
実際に海外に渡り

見て感じとった人が
渋沢栄一だったのです

思っているとの
実際に見て感じるのでは

自分の中の物差し
変わります

又、これを自分事と思うか
それとも国の事と思うか

ここでも大きな違いが
出てきます

ここまでのことは
私が書くまでもないこと
なのですが

よその国、よその土地を
知った者とそうでない者と
では違う

このことは
今の地方田舎にも
言える事です

私が感じるに、やはり地域を
何とかしなければと思う人

そんな人には一度
外に出たことがある人に
多いです

都会に一度でも出た経験が
あればなおさら

地方田舎と比べるのです

そこではじめて
それぞれのイイところ
そうでないところが
見え

そして問題意識も
でてくるのです

先ほどの渋沢栄一も
そうですが

幕末期、欧米列国と
当時の日本を比べたように

都会と田舎を比べると
いくら情報が発達し
ネットで調べられても

その土地に行って感じる
肌感覚は違うものです

又、誰しも大なり小なり
今のままではイケない
そう思っていても

同じところにず~といれば
いわゆる「住めば都」

しかし場合によっては
変化に気づかず

「ゆで蛙(かえる)」状態にも
なりかねません

もし渋沢栄一が海外渡航を
してなかったら

これだけの多くの偉業を
成し遂げたのでしょうか?

彼や歴史の偉人達が凄いのが
繰返しになりますが

その物差し
自分ではなく国(国家)だった
ということです

これからのドラマの行方が
楽しみです

彼の物差しが、どこで
変わったか?

学び・気づきの多い
大河ドラマとなりそうです



歩くことに見る田舎と都会の健康事情

私は日々、車での通勤

田舎の車事情は一家に1台
でなく

一家に2台は当たり前
場合によれば家族の人数分
あることも

そんな田舎は通信環境は
充分でなくても
車環境には恵まれてます

空気も水もおいしく
人も暖かく

さぞ住んでる人は
健康なんだろうと
思われるでしょうけど

ところがドッコイです

数字から見ると

男性平均:8,202歩
女性平均:7,282歩


(厚労省・健康日本21)

また、あるデータによれば
都会と田舎では平均700歩
田舎が少ないとの結果も

(参考/10分=1,000歩)

ならばと
私の直近で見てみると

2/2:8,500歩
2/3:5,699歩
2/4:7,364歩
2/5:6,985歩
2/6:7,502歩
2/8:5,551歩
2/9:5,313歩

一週間平均:6,702歩

マイナス700歩どころか
ちょうど1,500歩足らない
状況・・・

数字で見ると
歩いてないのが如実に
わかります

これが車というモノで
失われている
田舎の現状です

中には意識して歩かれる
方もいらっしゃいますが

ほとんどの場合
私のように平均以下

車はまさに田舎暮らしの
必需品です

例えば
買い物に行っても一番近い
駐車スペースに車を入れ

駐車スペースがあっても
そこに留めず、さらに
入口間近くに駐車する

私も14年前に山口に
戻った頃は驚きましたが
今は驚きもせず

その一方、都会では
電車か歩くかが
主な移動手段

私も経験ありますが
目的の駅についても
目的場所へはさらに歩く

たまに間違え
反対側の出口に出れば

駅のホーム、一つ分以上は
歩く羽目に…

移動手段が車か歩くかで
健康状態にも違いがてて

さらに田舎は食生活で
塩分を摂りすぎる傾向に

しかし今回の新型コロナによる
リモートワークや巣ごもり状況

田舎と都会の平均歩数が
逆転することはないにしろ

「歩く」という健康の手段が
減ることで

何年か先にその弊害が
ボディーブローのように
効いてくるような気がします

その前にニューノーマル
新しい生活様式というなら

「歩く」ことは健康の為の
大事な手段

ぜひ、都会、田舎限らず
今以上に歩くことを
意識して欲しいものです

(もちろん、私も含めて)



夫婦円満の秘訣は「運送屋」

なだたるビックネーム企業の
元大社長

原因はわかりませんけど
妻に暴力をとのこと

夫婦はいつまでも
円満でありたいものです

さて、仕事の事が中心の
私のブログ

たまにはプライベートの事も

そう思いながらも
なかなか書けず

甘辛田舎暮らしに絡めて
話そうとすると
さらにハードルはあがる

いずれ家内にも
登場してもらう予定

というのは家内は
東京生まれの東京育ち

当初、田舎に帰った時
周囲から言われたのが

「よく、奥さん
帰られましたね」とか

「よく決心されちゃった」
など

まるで田舎に帰った家内が
偉いような感じで
言われたのは覚えてます

まっ 家内が田舎を
どう見ているのかは
後日に譲るとして

夫婦生活も会社同様
順風満帆とは
いっているようで
そうもいかず

まさに山あり谷ありです

そんな中
本日夫婦円満の秘訣

本日イイ話を
聞きましたので
早速お伝えします

というよりは、実践する為の
宣言の意味も含めてです

例えば家内やお子さんに
何か尋ねられてたら

何と答えてますか?

ちなみに私の場合

「何でもいいんだょ」

「俺の言う通りでいいんだょ」

ほぼ9割はこの2つの言葉

裏を返さば
めんどくさいので
この言葉を使ってました

しかし、今日からは変えます

その言葉がお題の「運送屋」

つまり、大阪弁にすると
わかりやすいのですけど

「うん そうやなぁ~」

めんどくさいと右から左に
流すのでなく

受けとめる
受け入れること

その魔法の言葉が
「うん、そやなぁ~」

もちろん、そうだね
そうやねぇ~でもOK

この言葉は社内でも
使えそうです

ということは
社内で使えれば
地域でも使えるはず

受け入れるという姿勢が
なかなか持ちにくい

地方の田舎

本音と建前が混在し
人の事が気になって
しょうがない地域

「うん、そうやなぁ~」
「そうですね!」を持って
関われば

どうででしょうか!?

やってみる価値
試してみる価値
充分ありデス

地域が受け入れないと
愚痴をこぼす前に

自らが始める事が先決

その為にもまず家庭から
実践のスタートです

甘辛・田舎暮らし物語の始まりです

2日に渡り、田舎の負の
部分を書いてきました

都会暮らしにも、大手にも
そして中小企業にも

イイところと悪いところ
両面あります

悪いところと言えば
語弊があるかも
知れませんので

田舎ではちょっとビックリ
するような

都会では想像もつかない
そんな話を交えながらです

なので、この度
私のブログでは
表も裏も包み隠さず
お伝えしていきます


決して批判・裁きでは
ありませんけど

このままでは田舎は
中途半端な田舎と
なってしまいます

そうならない為にも
まず私のできること

それはイイところ
そしてそうでないところも
両方をお伝えし

そのうえで
田舎に住んでみるかどうか

考える参考にして
欲しいのです


さらにもっと深堀して
聞きたければ

私、吉本辰夫と
フェイスブックでも
メッセンジャーでも

もちろん電話でも
コンタクトを
摂っていけだければ

誠心誠意、対応させて
頂きます

イイことばかりは
言いません

また
悪いことばっかりも
言いません

『住めば都』とは
言いますが

華やかな都でも
表舞台ばかりでなく
裏通りや路地裏もあり

表も裏も
清濁(せいだく)併せて
一つの場所です

なので今までの私のブログは
温泉や健康情報が
中心でしたが

しかし
このたび新しく田舎へ
移り住もうと思っておられる

そんな方への何かの
情報提供になればという
ことで

『甘辛(あまから)
田舎暮らし物語』
と題し

私の想いのままを
つづっていきます

(健康も温泉も含め)

もちろん、読み手には
批判めいて伝わるかも
知れません

ですが、せっかく夢と希望を
もって地域に入られた人が

さみしく出ていってしまう
そんな環境だけは
何とかしたい

その為に私が
あるがままを語る
甘辛物語です

過去の経験とこれからの
取組みも含め書くので
お楽しみ下さい

私は茨城の水戸で生まれ
小学校へ上がる前に
埼玉の浦和(さいたま市)へ

小中高は今の山口で過ごし
広島で一年浪人し
東京の大学へ

大学4年間
そして社会人18年間の
計22年を首都圏で過ごし

その後、山口に又戻る

Uターンでもなく
Iターンでもなく
Jターンでもない

茨城・埼玉

山口

広島

東京・千葉・埼玉

山口

U・J・Iターンのすべてを
経験した稀有(けう)な
56年間をもって
お伝えします