春の仄々(ほのぼの)とした出会い

ようやく春らしく
暖かさが戻ってきました

通勤途中に猿を見たり
動物も目にします

春でいろんなものが
動きだしている

そんな感じです

今日は当館の料理人に
来客

以前の職場で一緒だった
先輩でした

後輩の様子を伺いに
来られたようです

私もその先輩と直接話す
機会をもてました

先輩曰く

「彼はまじめに
コツコツやりますょ」と

全くその通りです

とにかく彼は料理に対し
丁寧です

また、中華を主体に
和食もこなし

お昼の賄(まかない)には
たまに洋食も

どのジャンルの料理も
そつなくこなします

また、このブログで料理の
紹介はするとして

以前一緒に働いていた
先輩が来られる

何でもないような
ことですが

実はとても貴重で
ありがたいことです

料理の世界はまだまだ
縦社会

一日でも早く入れば
たとえ年齢が下でも先輩

以前に比べれば大分
緩和されたと聞きます

ですが職人にありがちな
風潮は残っています

しかし本日来られた
かつての職場の先輩は

その古い縦社会の感じは
全くなく

若いからでもあるので
しょうけど

後輩を思いやる気持ちが
話していて感じられました

と同時に

こうやってわざわざ
訪ねてきてもらえる

来てもらえる側も
幸せな事だと思います

先輩風を吹かすでなく
思いやりの気持ちがあり

春の陽気も相まって

私もほのぼのとした
気持ちになれました

おいしい料理を食べたい

温泉でゆっくり疲れを
癒したい

旅する目的は
いろいろあるでしょう

しかし、そこに

人に逢う
あの人に逢いたい

その目的が加われば
よりワクワクするような

そんな感じがします

春の陽気に誘われ

まだまだ新型コロナの
影響は残るものの

やはり人はリアルで
会いたいものです

私も以前

前職時代の先輩がわざわざ
東京から来てくれました

同じ現場で働いた訳でなく
ただ同じ組織にいただけ

でも、その方とは今も
親交はとぎれません

訪ねてきてくれた人に
できる限り感謝を伝え

わざわざこんな山深い場所へ
人に会うために来られる方に

一期一会の思いをもって

心からの感謝の意を
持ち接して行きます

本日の出会い

私を訪ねてきたのでは
ありませんけど

私の頭の中では決して
消える事のない

ほのぼのとした春らしい
イイ出会いでした


一人になりたい でも、ず~と独りはどうでしょう?

最近は地域に出ることも
増え

いつも思うのは

空き家が多いこと

それに加えて
もう一つの問題は

独り暮らしの方が多い

もし、自分が一人暮らしで
一日中、誰とも話さず

全く人と接する機会が
なければどうだろう?

考えるだけで背筋が
震えます

独り暮らし = 孤独
直接ではないにせよ

これからの問題なのです

日本は世界で類を見ない
超高齢化社会に突入

また年々、人口減少が進み

2050年

人口が1億人を切るという
統計上の数字もあります

人口減少は進み
地方の過疎化は進み

空き家を見るとついつい
ネガティブになります

そうづ峡温泉がある
岩国市錦町

かつては玖珂郡錦町と
いってました

平成の大合併で岩国市と
なりましたが

この錦町も最盛期の人口は
一万人を越えていました

しかし今は2,500人をきる
状態です

50年もの間に錦町の
人口は1/4に

この先、まだ減ることが
想定されます

重苦しい問題です

そして、この独り暮らしの問題

何も地方田舎だけの問題で
ないということです

もうすでに日本全国で
人口の約半分が

一人暮らしの都道府県が
あります

何処でしょうか?

・・・

・・・

・・・

答えは東京都

既に半数が一人暮らし
意外ながら納得できる
答えです

そうなると、人口が減り
独り暮らしが増え

孤独というのは何も
地方田舎だけの問題

そうではないという
ことです

じゃぁ~どうする?と
いったところでしょうけど

これには人と人との接する
ことができる機会をつくる

それもオンライン上でなく
実際にです

ZOOMっていう便利な
もので飲み会もでます

しかし
直接会うと合わないとでは
何かが違うのです

あなたはZOOM飲み会で
気持ちよく酔えますか?

ひと肌感

その場の雰囲気

この2つがあってこそ人は
人と会う喜びがあります

これからの高齢化社会や
一人暮らしの問題

都会にも田舎にも
発生してくる問題です

一人暮らしにあこがれる
自由気ままさを望む

その一方

人と話したい
話を聞いてもらいたい

一人でなく相手が必要な
時ももちろんあります

一人になりたい時は
誰にでもある

でもその時間はず~とではない

そうづ峡温泉・錦パレスは
この両方を叶えれる場所

これからも静かな環境の中

訪れた方とのいい距離感を
大切にしています

道をそれて自然の中へ~寂地峡

岩国市錦町には宇佐という
場所があります

当館から車で25分程

途中、道が狭くなったりは
ありますが

観光バスなども入れる道も
ありますので大丈夫です

本日はご法要のお食事を
届けに宇佐まで伺いました

ホント何かないと行かない
場所です

せっかく来たからには
ちょっと寄り道

名勝地:寂地(じゃくち)峡
行ってきました

ここは、西中国山地の
国定公園内にあり

名水百選 滝百選にも
選ばれる景勝地です

ここから流れる水が当館の
前を通り

そして錦帯橋の下をくぐり
瀬戸内海へそそぐ

その源流の場所です

そして、この地域の見所は
5連に連なる滝

通称:五龍の滝です

滝沿いの遊歩道を上がって
行くので見ごたえもあり

私も好きな
観光スポットです

また近くには宇佐八幡宮の
樹齢800年超の大杉があり

知る人ぞ知る
パワースポットもあります

私自身、人に使われている
訳ではなく

特に休みはありませんし
時間の融通はききます

しかしながら、そこは人間

人の疲れは
数値化できません

黄色信号が灯っての
休息ではなく

短い時間でも定期的に
休息は必要です

このブログでONとOFFの
重要性はお伝えしてます

しかし気が付けば、私自身

特に頭の中がほぼONの
状態だったと感じました

それは仕事から少し離れて
気づいたことです

自身ではカラダに疲れは
残ってないと思ってました

食事も睡眠も気を配り
問題ないと思ってました

しかし、自分の頭の中までは
気づかなかったようです

常にスイッチが入った
状態だったようです

頭の中を空っぽにするには
清らかな水の流れと

その流れる音を聞く
ぜひ試してもらいたいです

暦も3月

春を感じられるこの時期

週末の土曜日でも人と
出会うこともなく

気持ちよく、自然の中で
深呼吸ができます

やはり、自然はイイです

誰も拒まず、
受け入れてくれる

自然の中で過ごす
格別な時間

モヤモヤした頭の中が

スゥ~と疲れが溶けす感覚

頭(脳)には最高の
癒しになりました

どうせ、道を外れるなら

酒🍶やタバコ🚬の
ストレス解消より

自然の中でのリフレッシュ

悪いモノをカラダに
入れるより

頭の中の凝り固まったモノが
溶け出す感覚

これこそ自然の力
改めて実感しました

改めて感じた質問力の重要性 

地元新聞社の取材が
ありました

まだ肌寒く外出の機会が
少なく

家での楽しみの一つとして
お弁当を始めた事

その内容についての
取材でした


せっかくの取材ということで
記者には、私が応答しました

で、話していて気付いたのは

伝えたい事

今後の事 など

これらが自分の中で
まとまってるようで

まとまりきれてない

イメージできるようで
イメージできてない

そんな状態でした

伝えたい思いはあっても
うまくそれが伝わらない

話ながら感じていました

でも、記者の方はさすがです

いいタイミングで質問を
投げかけてきます

そんなやり取りをして中で

自然に自分の考えも
まとまりました

「質問力」と言われますが

相手から上手く答えを導いて
落としどころを見つける

このことは記者の方から
本日頂いた気づきです

世の中には聞く力といって

「傾聴」という言葉を
耳にします

グーグルで調べれば
わかるのですが

耳だけで聞くのでなく
心も傾け相手の話を聞く

そう解釈してます

本日の記者はさらに

「今は話されたことは
要約すると」

「□□ということです?」

とか

先ほど話されたこと以外に

何か今後考ておられることは
ありますか?など

このように聞かれると

「そうですねぇ~」と考えて
しまいます

人は質問されると

A4用紙30枚分程の
過去の記憶をスクロールする

そのように言われますが
本日そのことを身をもって

体験!

久々にすぅ~と腑に落ちました

昨日はこのブログで自分を
内観できると書きました

確かにそうですが、書くことと
言葉で伝える事の

アウトプットの違い

改め身をもって分かった
次第です

質問力

これから一つ課題ができました

それは、自分自身の問いかけは
このブログでもできるとして

相手への質問も大事です

相手にスポットライトをあてる

私がここしばらく忘れていた
ことを思い出しました

聞き上手は話し上手は
知っていました

加えて

質問上手は相手の存在価値を高め

時に相手の考え方をうまく
整理するのに一役

いや、本日は大役を果たして
くれました

やはり、気付きを
与えてくるのは

本であり

人、目の前の人が
教えてくれます

ブログを書く事で自分を俯瞰(ふかん)して見る

今日が3月4日

一月はいぬる
2月は逃げる
3月は去る

ホント早く感じます

一年前の2月始め頃に

ダイヤモンドプリンセス号で
コロナ感染の報道が連日流れ

徐々に不安が広がり
さらに生活にも波及

マスクの品切れだけでなく

トイレットペーパーも
無くなる異常事態

しかしながら

ちょうど一年前の3月4日は
中国5県での感染者はゼロ

本日時点での感染者は
中国5県で延べ9,398人
死者176人

数を一年前と比べれば
圧倒的な違いなれど

少しずつコロナの対応も
わかれば心持も変わります

異常とも思える
トイレットペーパーや

イソジンうがい薬の買占め

また

自粛警察などはき違えた
正義を振りかざし

感染すれば誹謗中傷で
悪者扱い

しかし、あれから約一年

ようやくマスコミや

出どこのわからない情報に
振り回されなくなった?

なりつつあります

なのでワクチンも
思ったほどの騒動もなく

粛々とすすんでいると
察してます

一年前とそして今
新型コロナを機に

リモートワークなどが
会社で進んだり

いい面もありながら

まだまだ終息感は
見えてきません

しかしながら
今できることとは

情報の取捨選択を
どのようにすべきか

そのことについて
考えさせられる

いい機会に
なったはずです

では、どのように正しい
情報を入れればいいのか

それについて簡単に
述べたいのですが

それは一本のメディアに
頼らないことです

例えばTVのニュースだけ

また、インターネットの
情報だけ

新聞・雑誌など紙媒体のみ

一本だけの情報だと
偏りがでてしまいます

新聞 スマフォ

そしてもう一つは

俯瞰(ふかん)して
見れるかどうかです

高いところから全体を
見渡す

そんな感じですが

これがなかなかできるようで
できないのです

何故できないか?

過去の経験自分の感情

さらに周囲の言葉に
左右
されやすいからです

近江商人の3方よしでは
ありませんけど

自分にとっても
相手にとっても
社会にとっても

そんな判断ができるように
なりたいものですけど

言うは易し、行うは難しです

私自身もこのブログを
書きながら

自分と向き合う時間を
日々持つのですが

自分自身を俯瞰(ふかん)して
みるいい機会を得てます

加えて読む人にとって
有益な情報提供

そして書き手の人柄が
伝わる様

日々、書き続けてます

桃の意味と神楽に学び 今できること

今日はひな祭り

子供の頃は女の子の
お祭りのイメージでした

大人になった今
ひな人形を見ると

男子だの女子だの云ってた
当時と違い

特に今年は春の訪れが
例年以上に待ち遠しいです

また
桃の節句といい

梅や桜に比べると
桃の存在は薄いようです

ですが、まだまだ混沌とする
今のご時世

注目されない桃も
注目したいところです

桃の木は病魔や厄難を
よせつけない

不老長寿の仙木と言われ

その昔、中国では桃の木の
弓で鬼を追い払う

そのような祭事があった
とのこと

なので

桃は縁起がいい
厄難を追い払う

そんな意味があります

そう言えば
神楽の演目で

地元・上沼田(うえぬだ)神楽が
得意とする演目

黄泉醜女

「よもつしこめ」と読みます

演目の内容を簡単に
お伝えすれば

古事記に登場の

伊邪那岐(男)と伊邪那美(女)

2人は夫婦で子供として
海の神、山の神を生み

最後に火の神を生んだ時
火傷で伊邪那美(女)は他界

そして死んだ伊邪那美(妻)が
行ったのが黄泉(よみ)の国

夫である伊邪那岐は妻を
黄泉の国から連れ戻そうと

行くのだが、そこでの妻は
醜く変り果てた女(醜女)

その見てはいけない姿を見た
事に腹を立てた妻、伊邪那美

夫の伊邪那岐に鬼をけしかけ
追いかけさせる

その鬼を振り払うのに
投げつけたのが桃の実

やはり神楽でも古事記でも
桃は難を逃れる縁起物

そう思うと女、男ではなく
この閉塞感のある状況

国難と云ってもいい状況を
逃れる為に注目したいです

思うが先、現実があとでは
ないですが

3月3日のめでたい日を機に
何か行動にということで

家や職場を少しずつ
片づけ始めました

整理整頓です

もうすぐ春がきて
年度も変わります

気持ちを変える意味でも
目に見える所を整える

できることから始め
心機一転ははかってます

新型コロナの終息
願ってばかりでなく

身の回りのできることを
やってみる

古事記でも鬼をふり払い
生還した伊邪那岐(夫)

黄泉の国での汚れを落とす為
禊(みそぎ)をし生まれたのが

○天照大御神
(あまてらすおおみかみ)

○月読命(つくよみのみこと)

○須佐之男命(すさのおのみこと)

この三貴神

身も心も清め、明るい世の中に
待つ準備

古事記の神話にならって
できることをやっています

岩戸開き
(演目:岩戸開き)




空き家を見て感じる「人が住むという事の意味」

最近はチラシの配布や
お弁当の配達など

地域を歩いて感じるのは

空き家が多いことです

まだまだ住めそうながら
カーテンが閉まってると

「あぁ~ここは空き家だな」

残念にそしてもったいなく
思います

家も人間同様
生きていると考えると

このまま古くなり

誰からも見向きされず

家があることさえも
忘れられて…

なんか寂しいです

新築時は多くの人に喜ばれ
人が離れると寂しさが残る

私も幼いころ5歳まで

茨城県水戸市で
過ごしました

その当時は借家住まい

お風呂もなかったですが
不便さなど感じず

楽しかった思い出は今も
鮮明に残ってます

その後、埼玉の浦和、山口

大学と社会人18年間を
東京で

そして2017年より、再度
山口へ戻ってきました

今振り返って思うには
最初に住んだ家

それはいつまでも記憶の
片隅にあるものです

2004年の3月

母と妹と私の3人で
以前の家を見に行きました

「もうとっくにないだろう」

3人ともそう思ってました

しかし現地ついて

ビックリ

人は住んで無くても
家は残ってました

とても人が住める様子では
ありませんでしたけど…


さらに話は続き
一年後の2005年

妹ともう一度、水戸の家を
見にいきました

しかし一年前に見た家は

あるべき場所に
見当たりません

場所が違うのか?
いやそんなはずはない

少しがっかりしながらも

妹には
「40年ぶりに住んでた人が
見にきて家も満足したんだな」

そう言い聞かせると
妹も小さくうなずきました

家も我々が来たことで
その役割に幕を下ろした

そう解釈してますし
そう思いたいのです

考えてみれば
家は何でも知ってます

泣いた事や笑った事など
住んでいる人の

喜怒哀楽をです

もうすぐ卒業式のシーズンです

人の一生には節目が
あるように

住み慣れた家にも節目は
訪れます

自分や家族をずっと
見守ってきた家

離れる時はやはり感謝し
離れたいものですし

そうして欲しいと
空き家を見て思うのです



家は生きている
人と同じように

住むことは大事

住まなくても節目は大切に
して欲しいです






今はひと気がなく寂しい家も
もしかしたら再び賑わいが戻り

家自体が、たとえ何十年

経っていても喜んでくれる

そのキッカケを増やす
ためにも

観光 健康 保養など

様々なモノを使い

この岩国市錦町に足を踏み
入れるキッカケづくり

それを創るのが私の仕事です



たまり過ぎたストレスを開放してくれる場所 あたなにはありますか?

3月になり、菜の花も咲き
雪の心配もなさそうです

しかし、そこは自然です
何が起こるかわかりません

昨年は暖冬でスキー場は
大変だったようですけど

今シーズンは
賑わったでしょう

私も久しくスキーなど
行っておらず

行きたい願望があったのか?
たまに滑っている夢を見ます

当時の私にとってスキーは
レジャーという一面と

職場を離れた
そのロケーションは

日頃のストレスをすべて
そこに捨てていける


そんな最高の場所でした

また、上手くなりたいという
思いでスキークラブにも入会

スキー仲間との新たな出会

これもまた
新鮮だったのです


会社以外のもう一つの
気分転換をはかれる場所

その場所がスキー場であり
スキークラブだったのです

会社では部長や課長など
肩書により認められます

会社では平社員だった私

その私がスキークラブでは
一個人として認められる

そのことがとても
嬉しかったのです

今はあの当時よりSNSが発達

様々なフェイスブック
グループに参加できます

しかし、それはあくまで
インターネット上での関係性

同じ釜の飯を食べたような
そんな関係はできにくいです

やはりリアルな対面があって
その人との関係性も深まり

会社以外に所属している感が
生まれるのです

共通の趣味嗜好の人が集まり

さらに共通の目標などあれば
よりイイのでしょうけど

しかしながら

やはり気持ちが休まる

ホッとする居場所や
コミュニティーは

自分の日常
会社以外にも必要です

私自身もサラリーマン時代
人間関係には疲弊しました

そんな時、組織以外に

・居場所がある
・仲間がいる

この2つの選択肢があるだけで
どれだけの息抜きができたか

もし30年前の私のように
人間関係の板挟みで悩み

ストレス過多
息がつまりそうだったりと

そんな重っ苦しい環境に
もしいるのなら

当館ならストレスの解消

できます
やれます
やってみせます

かつて私が苦しんだ時
救われたのが群馬の温泉宿

あのような宿が私が
目指している宿です

自然お湯宿の人
人間関係のストレスを

忘れさせてくれます

当時の自分のような人が
いれば

ぜひ当館を選んでほしい

そして、話を聞いて
みたいのです




   

入れるばかりでなく、出すことも大事な健康法

一月はいぬる
2月は逃げる
3月は去る

年が明けたら
早いものです

特に2月は28日
30日間に満たない

当たり前のことを書いても
しょうがないのですが

毎月末は昨年10月から
続けている

三十日詣です

毎月末の30日に
近くの神社へお参りに行く

言ってしまえば
ただそれだけ

そして、感謝をのべます

毎回、行く前には

何についてのべるか?が
気になります

しかし行けば
何とかなります


そして今月の感謝は
健康であったこと

ただそれだけです

もちろん
家族や従業員

また、苦しい時に相談に
のってくれた人

様々な人にも感謝ですが
今月は自身の健康に感謝

今まででは当たり前に
感じてたことです

大きな病気やケガなどなく

多少は人より気を使ってると
思いながら

でも、心の中では自分は
健康だと思い込んでました

お金や健康は失って
その有難さがわかる

そう言われる健康も
様々な情報が横行してます

何が良くて、何が悪いとか
いう前に

私の持論は自分に合ったのを
やって欲しいということです

TVでいいものが、万人に
当てはまる訳でもありません

大切な事は継続すること

その為にやせ我慢無理
あっては続きません

ここまでの内容は今までの
ブログでも書いていきました

そして最近気にしているのは

サプリやカラダに良いもの
ばかり入れるのでなく

入れる前に余分なモノを
カラダから出すことも大事!

余分な脂肪もそうですけど

それと同等に、頭の中の
良からぬ考え

例えば、心配・不安など

いわゆる取り越し苦労の
類です

ちょうど一週間前に母親が
入院

今は無事、退院してますが

一つの原因は

「気で気を病む

頭のネガティブな考えを
出すのは難しいそうです

しかし一つ、誰でもできる
簡単な方法があります

・瞑想
・ヨガ
・深呼吸
・ウォーキング
・笑う
・日光浴
・温泉

他にもいろいろと
あるでしょうけど

これに新たに
整理整頓を加えて下さい

とにかく捨てるのです

捨ててスペースをつくると
頭の中もカラダもスッキリ

目に見える状態から気持ちも
変わっていきますょ

良いものをカラダに
入れる前に

まず余分な考えも
頭の中から出しましょう

急がば回れ でも近道は遠道

通勤途中のことです

国道経由で行くのか?

それとも国道から県道へ
抜ける、いわゆる「裏道」

この2つのルートが
思い浮かびました

①国道434号⇒187号線は
道はイイけど時間がかかる

②国道434号⇒県道69号の
裏道:徳山本郷線は道が狭い

そしてこの道②を通った
ことはありません

狭いし対向車も
予想されましたが

思い切ってチャレンジ
行ってみました

走る事、数十分
ナビを見ながら

あと少しで
国道に出られると思った

その時!

まさかの対向車
それもダンプカー🚚

かわしようがありません

お互い立ち往生すること
約3分

困っているところに
ふと見渡すと

な、なんと
民家にあがる道を発見

ちょうど普通車🚙なら行ける
道幅があるではないですか!

そこに車🚙を待避させ
ダンプ🚚をかわせました

国道経由なら20分
今回の県道経由で18分

たった2分しか違わず

本日洗車したばかりの🚙は
泥で汚れ・・・

何よりも
「いつ対向車が来るのか?」

不安を感じ神経を使っての
運転でした

たった2分早くなっただけ


そう思うと選択は
正しかったのか?
どうなのか?


本日は急いでいた訳では
ありませんけど

やはり「通る道ではなかった」
反省です

『急がば回れ』という誰もが
知ることわざがあります

その一方、こんな言葉が
あります

近道は遠道
(ちかみちはとおみち)

☞近道は危険や悪路だったり
結局時間がかかることがある

物事も一見回り道のように
見えても安全で確実な道を
選ぶほうがいいということ



先人は深イイことを言ってます

世の中には

「楽して」
「簡単に」
「一瞬で」

この手のおいしい話が
横行します

しかし、楽して一瞬で
結果が出ても

それは永続的か?
どうか?だと思います

常に楽したい!儲けたい!
それも一瞬で!と思えば

思うだけ

わかっていながらも
買ってしまう…
契約してしまうものです

結局、おいしい話はなく

あっても永続的では
ないのです

ダイエットが一番
分かりやすい例でしょう

なので近道をせず
コツコツとブログを書き

そして伝える内容は

楽して、簡単に、一瞬での
ようなおいしい話でなくても

自身で試したウソ偽りのない
事をお伝えするのです