入れるばかりでなく、出すことも大事な健康法

一月はいぬる
2月は逃げる
3月は去る

年が明けたら
早いものです

特に2月は28日
30日間に満たない

当たり前のことを書いても
しょうがないのですが

毎月末は昨年10月から
続けている

三十日詣です

毎月末の30日に
近くの神社へお参りに行く

言ってしまえば
ただそれだけ

そして、感謝をのべます

毎回、行く前には

何についてのべるか?が
気になります

しかし行けば
何とかなります


そして今月の感謝は
健康であったこと

ただそれだけです

もちろん
家族や従業員

また、苦しい時に相談に
のってくれた人

様々な人にも感謝ですが
今月は自身の健康に感謝

今まででは当たり前に
感じてたことです

大きな病気やケガなどなく

多少は人より気を使ってると
思いながら

でも、心の中では自分は
健康だと思い込んでました

お金や健康は失って
その有難さがわかる

そう言われる健康も
様々な情報が横行してます

何が良くて、何が悪いとか
いう前に

私の持論は自分に合ったのを
やって欲しいということです

TVでいいものが、万人に
当てはまる訳でもありません

大切な事は継続すること

その為にやせ我慢無理
あっては続きません

ここまでの内容は今までの
ブログでも書いていきました

そして最近気にしているのは

サプリやカラダに良いもの
ばかり入れるのでなく

入れる前に余分なモノを
カラダから出すことも大事!

余分な脂肪もそうですけど

それと同等に、頭の中の
良からぬ考え

例えば、心配・不安など

いわゆる取り越し苦労の
類です

ちょうど一週間前に母親が
入院

今は無事、退院してますが

一つの原因は

「気で気を病む

頭のネガティブな考えを
出すのは難しいそうです

しかし一つ、誰でもできる
簡単な方法があります

・瞑想
・ヨガ
・深呼吸
・ウォーキング
・笑う
・日光浴
・温泉

他にもいろいろと
あるでしょうけど

これに新たに
整理整頓を加えて下さい

とにかく捨てるのです

捨ててスペースをつくると
頭の中もカラダもスッキリ

目に見える状態から気持ちも
変わっていきますょ

良いものをカラダに
入れる前に

まず余分な考えも
頭の中から出しましょう

急がば回れ でも近道は遠道

通勤途中のことです

国道経由で行くのか?

それとも国道から県道へ
抜ける、いわゆる「裏道」

この2つのルートが
思い浮かびました

①国道434号⇒187号線は
道はイイけど時間がかかる

②国道434号⇒県道69号の
裏道:徳山本郷線は道が狭い

そしてこの道②を通った
ことはありません

狭いし対向車も
予想されましたが

思い切ってチャレンジ
行ってみました

走る事、数十分
ナビを見ながら

あと少しで
国道に出られると思った

その時!

まさかの対向車
それもダンプカー🚚

かわしようがありません

お互い立ち往生すること
約3分

困っているところに
ふと見渡すと

な、なんと
民家にあがる道を発見

ちょうど普通車🚙なら行ける
道幅があるではないですか!

そこに車🚙を待避させ
ダンプ🚚をかわせました

国道経由なら20分
今回の県道経由で18分

たった2分しか違わず

本日洗車したばかりの🚙は
泥で汚れ・・・

何よりも
「いつ対向車が来るのか?」

不安を感じ神経を使っての
運転でした

たった2分早くなっただけ


そう思うと選択は
正しかったのか?
どうなのか?


本日は急いでいた訳では
ありませんけど

やはり「通る道ではなかった」
反省です

『急がば回れ』という誰もが
知ることわざがあります

その一方、こんな言葉が
あります

近道は遠道
(ちかみちはとおみち)

☞近道は危険や悪路だったり
結局時間がかかることがある

物事も一見回り道のように
見えても安全で確実な道を
選ぶほうがいいということ



先人は深イイことを言ってます

世の中には

「楽して」
「簡単に」
「一瞬で」

この手のおいしい話が
横行します

しかし、楽して一瞬で
結果が出ても

それは永続的か?
どうか?だと思います

常に楽したい!儲けたい!
それも一瞬で!と思えば

思うだけ

わかっていながらも
買ってしまう…
契約してしまうものです

結局、おいしい話はなく

あっても永続的では
ないのです

ダイエットが一番
分かりやすい例でしょう

なので近道をせず
コツコツとブログを書き

そして伝える内容は

楽して、簡単に、一瞬での
ようなおいしい話でなくても

自身で試したウソ偽りのない
事をお伝えするのです


二・二六事件と日経株価の下落

本日2月26日は
2・26事件があった日


グーグルで調べれば
わかることですけど

1930年代
赤字国債をバンバン発行し
そして日銀がお金を刷る

そのお金で経済が潤い
国の税収も増える

ただ、そのお金の多くが
軍部にも回った

国はそのことを懸念

ストップをかけようとしたが
軍部の将校らが反発

蔵相・高橋是清が暗殺される

こんな話でした

それから90年近くたった今
日経平均株価が大幅下落

下落といっても

今の株価は3万円越え
したばかり

コロナ過でこの株価は
異常と思うのは私だけでは
ないはずです

固い話になりそうですが

日経平均銘柄225

二・二六事件226

数字が続くのも何か
不思議なモノも感じます

さて
戦争前に赤字国債を発行した
景気刺激策にせよ

そして今の異常な株価水準

よく言われる実体経済と
乖離(かいり)してます

スポーツの世界に例えれば
この景気刺激策は

ドーピングのようなモノ

経済という数字を上げる為
記録という数字を上げる為

無理して行った後には
いつか、その反作用がでます

景気というと、なんか
小難しく聞こえますが

わかりやすく言えば
飲み会時の大盤振る舞いを
思い出して下さい

「今日の部長は景気がイイ」
など

つまり金回りがいいか?
どうか?

このことが
景気がいいかどうかです


それが今、飲食業をはじめ

お金が回っている世の中
とは言えないのです

我々も恩恵を受けた
GoToトラベル

形は違えど、これも
景気刺激策

やはり反作用や副作用は
起こりうると考えます

「安いこの時期だから
無理しても旅行する」

はやく以前のような
居酒屋や食事のシーンに

賑わいがでてくることを
望むのですが

待ってばかりも
いられません

かと言って景気刺激策に
頼ってばかりもいられません

またまたスポーツの世界に
話が戻りますけど

アスリートなら記録向上が
必須です

その為にドーピングではなく

日々、トレーニングを
重ねます

「鍛錬」という言葉が
あります

ひたすら負荷をかけ
余分なモノをそぎ落とす

自らを鍛える
今がその時期です

しかしながら、あまり
ストイックすぎると

長続きしません

継続の為には
ワクワク感が大事

その為には想像するのです

面白きことのなき世を
面白くです

面白い事始めます
始まりは来月より


3月20日(土)~です



春の色 黄色 テレジアン・イエロー

菜の花が咲いている様子が
そこらかしこで分かります

春になっていくのは
寒さのゆるみ

そして目に入ってくる
花の咲き具合でわかります

(レンギョの花も黄色)

春の訪れを告げる
梅の花

そしてこれからは
菜の花

さらにもう一ヶ月後は桜

花の咲く様子が
新しい何かを
感じさせてくれます

花なんて興味もなかったのが
歳をとったのでしょうか?

それとも厳しい状況を早く
抜けたい

その思いが春の訪れを
待ちわびるのか?

いろいろ考えます

ちょうど一年前の今の時期

新型コロナに翻弄され

今までに類をみない不安を
経験しました

しかし自然界は人間界と
違って

人が右往左往しても

何一つ変わらず四季の色を
見せてくれます

人のこの一年の気持ちを
色に例えるなら

グレー 灰色などでしょうか?

黒でも赤でも白でもない
スッキリしない色です

それゆえに、春の色
ハッキリした色

それを待ち望んでいたのかも
しれません


梅は白
菜の花は黄色
桜はうすいピンク

ちょうど今は黄色が日一日と
映えています

この黄色い春の色

実は当館の内装にも
ふんだんに使われてます

使われているのは
同じ黄色でも

オーストリアの
マリアテレジア好んだ色

テレジアン・イエローと
呼ばれてます

高貴な色はパレス=宮殿に
合うよう選ばれた色です

又、外観は周囲の緑に
配慮した

アースカラーのベージュ色

40年以上たった今でも

その斬新な外観や内装に
設計者の思いが感じられます

そして又
地元の方がこの施設の誕生を
どれだけ楽しみにしたことか

当時は今以上に異彩を放ち
違ったように見えてたのでは?

そう思うのです

それは鋭い黄色でもなく
ぼんやりした黄色でもなく

やわらかいイメージの黄色

春の訪れにふさわしい
色だったはずです

今が旬

そして思い立ったが吉日

40年前の思いを引き継ぎ
そして新しいこれからを
描いてみせる

それが私の使命です

もう少しで季節もそして
人の気持ちの
冬は終わり

そして春が到来します

ここは、人と人とが交わる場

訪れた人が何かに気づいて

何かをはじめる

そんなキッカケとなる宿を
目指しやっていきます

過去40年間に無かったモノを
お見せできます

新しい出会いや始まりを
予感させる春の黄色

やはり自然は何かを
教えてくれるのです




料理をすることが健康(アンチエイジング)に寄与

あれ?
健康の3要素は

運動
栄養
休養

この3つのバランスが
大事なのに

ちょっと本日のお題は
違うような…

そうです
バランス良く食べることも
大事ですが

自分で食事をつくることも
大事ということです

結論が先になりましたが

お弁当のチラシを配って
喜ばれる反面

「これでいいのか?」と
少し考えることがあります

というのが、人は
至れり尽くせりでカラダに
ストレスがかからないと

退化⇒老化が進みます
(ライフスパンより)

寒さ空腹 適度な負荷を
カラダにかける必要が
あるのです

そりゃそうですよね

カラダが楽を覚えれば
そうなります

吸収しやすくしてある
薬やサプリばかりでは

内臓は楽をします

本来10の働きが必要でも
消化しやすけば

その働きは3~4程度で
済むわけですから

それが日常になれば
本来10の働きをカラダは忘れ

3~4程度が消化能力の
最大ともなりかねません

そして話は戻りますが

お弁当を食べるだけなのに

何が悪い?と
思われるでしょう

考えらえるのは

・買物をしないので外出の
 機会が減る

・料理をつくらなくなり
 献立を考える機会が減る

・調理をする時の焼き色、味など
 五感を使う機会が減る

調理をするというだけで
運動・思考・五感など

これだけの身体機能を使います

私も料理はしませんので
言えた切りではないのですが

チラシを配ることで
一日15,000歩

そしてこの家は
住んでいるのか?

車は何処へ止めようか?と
いろいろ考え

そして少しの寒暖差さを感じ

味覚は感じなくても

視覚・聴覚・皮膚感覚は
使ってますょ

しかしながら
そうは言ったところで

調理ほど五感を使うことは
ないのが現実です

フライパンで焼ける音
焼き色を見て
塩のきき具合を確かめ

火の通り具合を箸でさわり
香ばしい匂いが食欲をそそる

食べるばかりでなく
たまにはつくるのも大事です

まずはお弁当の配達

そしてコロナが落着いてきたら
外出する機会をつくる為にも

料理教室のような企画も
只今、思案中です

中華の達人から学ぶ
地元野菜を使った65歳以上の
方向け四川料理教室

ちょっと長いですね ( ´∀` )


空き家と過疎高齢だけが田舎の問題ではない

「お弁当の宅配始めます」の
チラシを配って思うのは

空き家が多い

歩いて一軒一軒訪ねると

「ここは人が住んでいるの
だろうか?」と迷う事が多々

この空き家問題は
全国的な問題です

日本は人口減少が進み
世界でも稀な超高齢化社会

どうする日本!?

そんな政治家でもないのに
大きなことを考えながら
歩いてました

その一方、人口は減っても

必ず見かける
建設中のマンションや
夢のマイホームのチラシ

新しく建てなくとも

田舎にはリフォームすれば
住めそうな家は何軒も

需要と供給のバランスに
疑問を感じながら

やはりそこは
いつかはマイホーム

そして
住宅・マンションメーカーの
マーケティングのうまさ

この2つが住み替え需要を
喚起しているのでしょう

話はだんだんと大きく
なりますが

地方の田舎にこれだけ
たくさんの空き家があり

リフォームするお金と
住みたい気持ちがあれば

即、見つかるだろうと
考えがちですけど

これが甘いのです

そんな一筋縄ではいかない
田舎の事情があります

モチロン、どの自治体にも
UJIターンの窓口や
空き家バンク制度があります

しかし登録物件は都市部の
賃貸業者がかかえる物件の
比ではありませんし

また現地に足を運んでみると
道が細い、店がないなど

生活インフラが整ってない
ことも多いです


最初から農業をしながら
自給自足の生活など
難しすぎると言えます

しかし人はイイ意味でも
そうでなくても

慣れます

ある程度の不便さは
割り切れるはずです

住めば都とは言わなくても
田舎の良さは発見できます

しかし
そんな田舎も慣れないうちに
地域と関係性がうまく保てず

他の地域や都市部へ戻ったり…

これは報告されてないだけで

かなりの人が田舎暮らしを
一旦スタートしても馴染めず

出て行ってしまう

住みたいと希望してこられる
都会の方

又、住んで欲しいと思う
地元の方

相交わるハズなのに
何故か起こるミスマッチ

ここには仲介する人間が
必要なのデス

住む場所を探し
提供するだけでなく

地域の人と新しい人を
上手く結びつける人間

このコーディネイトができる
存在が必要です

そこで私、吉本なら

大手と中小 都会と田舎
その双方の酸いも
甘いも知っているので

できます
やります

そしてやって見せる
自信はあるから

こうしてブログで
伝えるのです


薬に頼らず社会に優しい健康づくりを!

母親が急きょ、入院

物事には原因があって
結果があるように

病気も又、原因が
あってのこと

寒暖差 過労 睡眠不足
不規則な食生活など

ただし、気おつけたい

 「気で気を病む」

 「病は気から」

これらが大きな原因に
なる場合があります

母親は心配性だし
周囲に迷惑をかけては
いけない

その思いが
気で気を病むに結果に
そうも思うのです

さらに薬神話と言っても
いいぐらい

病院で処方された薬は
何種類もきちんと
飲んでました

病気の原因は

いろいろでしょうけど

薬も原因に値すると
私は思ってます

一番分かりやすいのが
ガンの抗がん剤

正常細胞にも作用し
頭髪が抜けたりは
ご存知のはず

サプリなどの自然生来と違い
ケミカル薬品が多いことから

薬(くすり)はリスクが
ある
と言わざるを得ません

それにしても私たちは
知らず知らずの間

薬への過度な信頼が
刷り込まれていることを
この度、改めて感じました

もちろん
急性期(急な痛みなど)は
飲むべきでしょうし

常用し過ぎないことが
大事なのです

だってそうですよ

降圧剤なんて飲んでれば
下がりますけど

飲まなければ下がらない

結局は食習慣、適度な運動
そして質の高い睡眠

加えて禁煙や過度な飲酒を
控えるなど

これは当たり前で
誰もが知っていても

やらない、できないのです

日常で「ちょっとぐらい」と
自分で自分を許してしまう

もちろん私もありますょ
人間ですから

まとめると
薬に頼るな依存するなです


いつも言ってますけど

「人はお金の為に健康を
害して働き

その健康を取り戻すために
お金を払う」

日本は医療や社会保障が
充実してます

大きな医療負担を国が
してくれるので

すぐ病院に行き

安心料として
をもらいます

国も医療費の負担を
減らしたいのは
誰もが知るところ

しかし充実してるがゆえ
安易に病院にかかり

そして「薬」をもらう

よく、たくさん稼いで
しっかり税金を納める

これを自慢のように公言する
私にもそんな仲間がいました

聞くたびに「ほんとかぁ~」
そう思ってました

私は納税で国に貢献する
気持ちはなく

むしろ
「薬に頼らないカラダづくり」

このことで医療費の
負担を減らし

社会に貢献できると
本気で思ってます

必要なところに必要な
税が行き届く

その為に私ができるのが

薬に頼らない健康づくり
です


潮湯治(海水浴)のルーツを知る

20年以上ほぼ欠かさず
見ている番組

出没アド街ック天国

昨日は横浜・南部市場でした

さまざまな場所が登場する中
第15位は舟溜り(ふなだまり)

風波をよける為、船舶を
停留させる場所だそうです

場所:横浜市金沢区富岡東4-13

そして興味深かったのは

ここから海水浴が
広まったとのことです

物事のルーツをたどると
面白いものです

海水浴が医療目的
使われたことは
知ってました

それが今はレジャーへ

当時はヘボン式ローマ字の
考案者で医師のヘボン博士

海水につかって健康を促す
潮湯治を推奨したとのこと

やはり「湯治」という言葉に
即、反応してしまいます

日本に古くからある
温泉を使った湯治は

西洋医学が入ってきた
明治期に急速に衰えました

しかし浴びるという事を
考えてみるに

潮湯治からの海水浴
温泉をつかった温浴

緑の木々から
フィトンチッドなどを
浴びる森林浴

また、ビタミンDを活性化し
骨粗しょう症や鬱(うつ)の
予防にもつながる日光浴

人は昔から自然の力で
治癒できることを

知らず知らずの間に
感じていたのでしょう

それが文明の発達とともに
食生活が変わり

便利な世の中が運動不足を
引き起こし

そしてあらわれたのが
生活習慣病

また複雑な対人関係が
キッカケとなる精神疾患や

現代医学でも今だ治すことが
できないガン(悪性新生物)

時代の変化や便利さが
様々な病を引き起こしたと
言えます

そう考えると原点回帰では
ありませんけど

日の出とともに目を覚まし
日没とともに寝入る支度へ

昔ながらの生活スタイルに
健康の秘訣があり

そして予防のヒントが
あります

時代が変わっても
イイものは残るべきです

われわれも薬のような
即効性はなくとも

副作用の心配もない
温泉療法こそ

もっと見直されてもと
常々考えるのですけど

固~い話はここまで

2月も下旬にさしかかり
梅の花も咲いてきました

気持ちのイイ季節は目の前です

自然の3浴といわれる

温泉浴
大気浴
日光浴

密を避け、自然に親しめば

人が持っている自然治癒力も
活性化され

加えて、いい気分転換に
なるハズです

外へ出ましょう

そして太陽の光を
浴びましょう

心もカラダも
リフレッシュできる

簡単で安上がりな
健康法です

薬に頼るな!! ですょ
できることは身近にあります


石の上にも3年~地盤・看板・カバン

2018年の2月20日の写真が
スマフォに表示されてました

今から3年前
2018年の1月

私は代表取締役となり

その年の2月20日は
健康経営優良法人の
受賞授与式に参加

さらに同年4月に
中国5県で初の

おもてなし金認証を受賞

続いて夏前から取組んだ
経営革新も県の承認を受ける

自慢のようですが

社長としてのスタートに
充分な看板は揃えました

選挙でよく云う

ジバン(地盤
カンバン(看板
カバン(鞄)

今にして思えば3年前は
看板のみ用意ができ

それですべて整ったと
思ってました


最初の試練は

大きな売掛金の未収で
資金繰りがくるい

続いて
西日本豪雨災害による
大幅な客足減

施設の細かな故障も
ボディーブローのように
客足にびびく…

立ち直りを期しての
2019年

年度始めは順調ながら

折しもお盆過ぎからの
長雨でまた客足に影響

そして年が明け
2020年の2月末から
新型コロナ…

3年間を振り返ると
表向きの看板だけで

勝手に成功へのレールが
ひかれている

そんな勘違いがあり

なかなか現実を現実として
見ることができず

ボタンの掛け違えが
徐々に大きくなって
今に至ったのです

潤沢な資金もなし

むしろ経済的には
厳しいまま

もともとカバン💼は
無い訳ですから

モチロン
何もせずにいた訳でもなく

やれることはやりました

毎日毎日ハガキを書き

知らない家へ一軒一軒
チラシを持っての説明

朝の通勤時間帯
駅前でのパンフレットの
手渡しなど

雨の日も傘をさして
やってきました

しかし結果は正直なもので
現実は厳しいまま

ピントがずれてたと
今になりわかりました

石の上にも3年

もうそろそろ長いトンネルを
抜ける頃です

そして今は3つ目の
地盤固めです

当館は私が子供の頃にでき
斬新な建物ながら

地元にあっても
地元の人が入りにくい

そんな建物でした

私は14年前
今の会社で働く時

あの入りにくイメージを
払拭したい

その思いを持って
スタートしたのです

しかし、いくら地元の人に
「どうぞ、どうぞ」と

そう云ったところで
人は来るでしょうか?

地盤=地元とのつながり

今始めたお弁当やチラシを
持って伺うのも

言ってみれば地元へ
名刺を持ってご挨拶に
行くようなモノ

それが名刺でなくチラシや
お弁当というだけなのです

地盤づくり

まだまだ始めた段階です

コロナを通じて見えてきた私の健康経営

ちょうど昨年の2月19日

柳井市倫理法人会で
講和の機会を頂き

そして同日の午後は
周南市の健康経営セミナーで
登壇

どっぷり健康経営に
つかった一日でした

それから一年

生活様式は大きく
かわりました

しかし一年前と比べ

健康経営は
変わったのでしょうか?

振返りと改善も含め

このブログで綴って
いきたいと思います

まず健康と経営

論語とソロバンでは
ありませんけど

健康だけでもいけませんし

業績は良くても、従業員の
目が死んでいてもダメ

双方がバランスよく整って
なければいけません

しかし言うは易しです

今回のコロナ過で

どんなに健康であっても
見えない不安に対しては

経済的な下支えが
必要だということでした

世の中にはお金で解決できる
ことがほとんどといいます

全くもってそのことを
思い知らされたのが

昨年春先の
緊急事態宣言の時です

オイオイ!
 じゃぁ~ 健康<お金か?

そう言われそうですけど
しかし私が学んだことは

お金がなくても
あることがある

つまり

無いもの探しでなく
あるもの探し

そうすると見えてくるのが

健康や家族、仲間や会社
明るい家庭や食事など

あるものは無いもの以上に
あることに気づきます

そして、人生のもしくは
会社の歴史のほんの一時期

経済的に苦しくとも
後に振り返れば

あのコロナでの厳しい時期

あそこがキッカケ
あそこが底辺

あの事があったので
自分も会社も持ち直せた

そんな感じです
(ちょっと未来日記的ですけど)

健康経営の最終目的は
「財務諸表の健全化」

私も今回を機に
資金繰り方法の見直し

また他社の財務諸表など

加えてお金について
学ぶ機会を得ました

まだまだ蓄財には
至らなくとも

財産に値する数々の人との
出会いがありました

ゴールが経済的豊かさなら

その入り口は自身が
健康であることです

さらに私の持論

「健康とは心身ともに
満たされた状態」

つまるところ健康経営とは
カラダを資本に

稼ぐ経営心の経営

心の経営というと
漠然としてしまいますけど

仕事があることが当たり前
仲間がいることが当たり前 

その当たり前を当たり前と
思わず感謝すること

コロナを機に自分の中で
「ありがとう」という言葉が
増えたことは事実です

私の中の健康経営
まだまだ現在進行中です