永遠の嗜好品コーヒーを雰囲気で楽しむ

今朝のテレビでスターバックスの特集を放送していた。

スタバの相性で親しまれるシアトル系のカフェですが、1996年に日本へ上陸して以来、現在は1,500店舗に迫る勢いで、その人気はすたれることがありません。

いまさらスターバックスについて語るほどでもありませんが、コーヒーの味だけでここまで人気が出たのか?と言えば、確かに美味しいですがそれだけではないようです。

例えば、コンビニの100円コーヒーや喫茶店のコーヒーと飲み比べて違いがわかるか?と言えば正直難しいです。

なので、味がイイからというだけの理由ではなさそうです。

また一方では、スターバックスで働くことも一種のステータスとなっているようでもあり、スタバを面接で落ちた人がマック(マクドナルド)で働くという現象もあるとか・・・。

(個人的には、スタバのコーヒーよりも、マックのコーヒーの方が好きです)

そんなスタバは、今やカフェとしての不動のブランドを確立してます。

人気のあるカフェには、共通したものが見えてきます。

ちなみ私が好きだったコーヒー店のベスト3です

茜屋(旧軽井沢)

沙羅英慕(さらえぼと読みます)

オカガレージ(大森 最近行った中では、一番のお気に入り)

(オカガレージさんのコーヒーにはデザートもついてます)

どの店もスターバックス同様、雰囲気がイイからです。

茜屋の静かな雰囲気、沙羅英慕の焦げ茶を基調とした落ち着いた木造りの店内、そしてオカガレージさんの都会のオアシス的な感じとどれも格別でした。

やはり嗜好品であるコーヒーを日々愛してやまないのは、格別の雰囲気の中で飲んでこそ、その味わいもより深まるからでしょうね。


読書の大切さ~TV・インターネットとの違い

もうすぐ12月
読書の秋も、あと数日となりました。

一週間に3冊のペースを課していますが、ここのところ一週間に一冊を読めるか?読めないか?にペースダウン。

理由は、歴史もの(幕末中心)のユーチューブばかり見ているからです。

読書の大切さは、いろんな方が言われ、そして立派な経営者は、間違いなく多読家です。

あのソフトバンクグループの孫正義さんも、子供の頃に食事中も本を読んでいたそうです。

なので食べ物を見ずに本から目を離さず、箸(はし)を二本とも握りしめてフォークのようにして突き刺して物を食べていたと聞きます。

さて

本日は、私のようにインターネットに偏り過ぎ、読書の時間が減ってしまっている人へTV(マスメディア)とインターネット、そして本とこの3つの違いについて本日はお伝えさせて頂きます。

1.マスメディアの代表 TVの功罪

何といっても、今だその影響力が強いのはテレビでしょう。

たくさんの情報が受け身で入ってきますが、テレビで流している情報の約9割が暗い悲しい、いわゆるネガティブな情報です。

そして、民放にはスポンサーがついてます。
NHKは政府のチェックを受けます。

こと民放に関して言えば、スポンサーに不利になるような情報は流せないということになります。

つまり、情報が偏りやすいというのがデメリットです。

2.インターネットはどうか?

3大マスメディア (TV・ラジオ・新聞)が、その視聴者数を下げている中、利用者数が年増しているがインターネットです。

私も、ブログと言う手段(ソーシャルメディア)を使って情報発信している訳ですが、最大の特徴は誰でも無料で情報発信ができるということです。

ですが
誰でもなので、良い情報以上に、信憑性の乏しい、言ってしまえばウソやデマの情報も含まれてます。

例えば
「桜の会に旧民主党議員も参加していた」
とか
「沢尻エリカのライバル女優Nも大麻を所持」などというデマの情報を流すとどうなるか?

人は興味のあるものをクリックします。

たとえ間違った情報でも、検索した場合に上位にずらずらズラ・・・とでてくると人間の頭は、事実かどうかもわからずにインターネットの情報に占有され、嘘でも事実と解釈してしまいます。

無料で即、調べたいことがわかるというメリットはありますが、誰もチェックしないのでウソや間違った情報も氾濫しているということです。

3.本こそが事実に一番近い

そうなんです。

TVなどのマスメディア、そしてインターネットなどに比べて本は、まず著者がハッキリしてます。

つまり、情報の発信元が確かであるということが一つ。
そしてさらに出版社もウソの情報を流すと会社の信用もゆらぎます。

なので、著者と出版社で内容の責任を2方が負うということで、事実とことなることは、マスメディアやインターネットに比べて情報の信ぴょう性が高いと言えます。

さらに
日頃から、本を多読していると、ネット上の情報が正しいか?間違っているか?自分に必要な情報か?どうか?も選択できます。

正しい目を養い、そして自分自身の成長の為にも、読書習慣は秋が過ぎても、ぜひ持ちたいものです。


本日の学び「自分、両親、富士研修所」 松村一生さん

毎週木曜日は、倫理法人会の経営者モーニングセミナーに参加してます。

本日の講和は、光・下松倫理法人会の幹事 松村一生さんにお越し頂きました。

自分が倫理に入るキッカケ、両親のこと、倫理研究所の富士教育センター(略称:富士研)について、いろいろと語って頂きました。

どの話の内容にも、本人のやさしい人柄が感じられた講和でした。

1.自分は涙もろいタイプ

大阪の堺市出身ということですが、全く関西弁もなくお笑いもなく、誠実な人柄です。

長男だったのですが、父親の仕事の後を継がず、大阪を出て山口へ。

本人はそのことが心のどこかで引っかかっており、当時は思わなかった両親への思いが後々に感謝と言う気持ちに変わっていきます。

そしていつしか離れて暮らす両親に手紙を書くようになり、父親にも毎週電話を掛けたりするようになります。

そんな中、手紙を書けば涙が溢れてくるという優しい性格の本人。

親と離れてはじめてわかった、そのありがたみや感謝の気持ちが、ほほを伝う涙として現れたのでしょう。

2.富士教育センター富士高原研修所

通称:富士研と呼ばれる、倫理法人会の上部団体である倫理研究所の研修センターです。

よく話の中にも出てきますが、松村さんは2017年とそして本年の5月の2回も参加されてます。

2泊3日にわたって「やれば必ずその正しさが証明できる純粋倫理」をより掘下げて学ぶ研修機関です。

そして、本年の参加で2度目の松村さんは、愛和のみそぎとして滝行を行なわれます。

昔から精神修養の為に行われてきたものですが、富士研では2度目の参加者ののみ滝行に参加できるという特権があります。

さらに、滝行を慣行するにあたり、ある言葉を研修担当者から言われたそうです。

それは
「誰か一人を思い描き、行を行いなさい。その事でその思い描いた人と調和ができます。」

「そして行が終われば、新しい自分とむき合えるでしょう。」

松村さんは、寿命の短い父親とどう向き合うか?をテーマに行にのぞまれます。

見事やり抜き、そして新たな半年間の実践目標を立てられます。

「父母、そのお祖父さんお祖母さん、さらに自分の祖先に感謝」

「身の回りのものを大切につかうことで、人だけでなく物にも感謝」と
いう目標を掲げられます。

さらに、研修センターを切り盛りされている職員の笑顔や明るさにも気づきを得ます。

3.感謝の気持ちと自分を信じることの大切さ

この2度にわたる富士教育センターでの研修後にあることを感じ取られます。

その一つは、自分には全国に仲間がいること

そして二つ目は、自分を信じれるか?ということです。

特に2つ目の自分を信じることと身近な人から自身が関わる周囲への感謝の気持ちが膨らんでいきます。

若かりし頃、親への気持ち、そして倫理法人会がどのようなものかもわからず入会しながら、2度にわたって富士研で自分と親と向かい合い、そして感謝と信じる気持ちを養われた松村さん。

控えめな話し方とは、裏腹に自分を信じて信じ切って、今後より一層のご活躍が期待されます。

中央が松村さん、向かって左は萩の金子会長 お花のアレンジは向かって右の門脇さんです

歴史の偉人から学ぶ 高杉晋作の名言(後編)

世に名を残す歴史の偉人は、後世の我々に心に刺さる言葉を多く残されてます。

これらに関しては、書籍やネット上に数多くの解説や紹介がされています。

本日も、山口の誇る、そして明治維新の礎をつくられた高杉晋作の言葉から、私自身が感じられるものをお伝えさせて頂きます。

1.人間、窮地に陥るのはよい。意外な方角に活路が見いだせるからだ。
しかし、死地に陥れば、それでおしまいだ。
だから、俺は困ったの一言は吐かない。

これも男らしい、乱世に生きた人の生き様と考え方が伝わります。

人は八方ふさがりのようなシーンは、誰しも人生で何度か?遭遇するはずです。
その時の気持ちも持ち方や心の在り方について、彼は常に光を見て自分を鼓舞している様子が想像できるのです。

そして
この言葉は、吉田松陰先生に高杉晋作が「男とは、どのように生きてどのように死ぬべきか?」を聞いた時の言葉深くつながっています。

その言葉とは

2.死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし。(吉田松陰)

高杉晋作の言葉では、ありませんが、本人が大きく影響を受けた言葉なのは間違いありません。

吉田松陰先生曰く

「世の中には、身は生きていても心が死んだような人もいれば、たとえ身は滅んでいても魂が生き続ける者もいる。」

「心が死んでいては生きていても、しょうがない。」

「自分の志を果たし、魂を残せる見込みがある時は、いつでも死ぬ覚悟を持ちなさい。」

「そして、その時(志を果たし、魂を残せる時)が来るまでは、何をもってしてでも生き続けなさい」

心打たれる吉田松陰先生の教えです。

志とは何なのか?
自分の使命、つまり命を使う(燃やす)とはどういう時なのか?
そして生きるということとは?

彼は逆境の時にも自分の志、国の為、絶対に死んではならないと強く心に誓っていたに違いありません。

3.おもしろきことの無き世をおもしろく

やはり、彼らしい浮世暮らしに明け暮れていた若き頃とが交わり、死ぬまで心の中で、光を見出していたのでしょう。

この句は、有名ながら途中で切れますが、続きがあります。

すみなすものは、心なりけり

つまり
「おもしろきことの無き世を面白く、すみなすものは心なりけり」

病床にある高杉晋作の看病をしていた、野村望東尼がつくったとも言われます

どんなときにも光を失わず、面白ろおかしくといったら失礼ですが、すべては自分の心の在り方次第という部分は、まさに高杉晋作の真髄です。

歴史は、そして後世に名を残す人の一言一句は今の時代にも決して失うことの無い、不変であり大切なモノを教えてくれます。


歴史の偉人から学ぶ 高杉晋作の名言(上編)

先週の日曜日に、松下村塾へ行き、吉田松陰先生の国を想いながら29歳の若き生涯を閉じた功績に、深く感化されました。

それからというもの、明治維新の礎となった久坂玄随(くさかげんずい)、そして山口県民の多くが尊敬してやまない高杉晋作と本やインターネットで調べまくっております。

山口県に住みながら、明治維新の節目の年であった昨年、150年を迎えながらも先人たちがどのような生き方、想いをもって時代を駆け抜けたのか?

本日は、奇兵隊を組織し、当時の長州藩を窮地から救った高杉晋作、彼のその言葉から学んでみたいと思います。

1.苦しいという言葉は、どんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。

「おもしろきこともなき世を面白く」があまりにも有名ですが、実は数多くの名言を残しております。

そこに彼のリーダーシップや人を鼓舞する魅力、統率力などの人間力を感じさせます。

このやせ我慢とも思える「粋(いき)」な生き方こそ、私も忘れていた部分でもあります。

熱く燃え、命の炎を燃やし、生死の狭間で幕末を生き抜いた彼の言葉は、ほんと胸をうつものがあります。

2.苦労する身は厭(いと)わねど、苦労し甲斐のあるように。

ただ苦労して、終わるのでなく、その先の得らる結果があってこそ、その苦労の価値があるということです。

大変なこと辛いことなど続いてばかりだと、人間はいつしか生きていくこと自体が苦しくなり、しまいには壊れてしまいます。

自らも苦しいという言葉は決してはかず、そして人に苦労を強いる場合においてもその強いることにどういに意味があることを説いて伝えた様子が伺しれます。

3.真の楽しみは、苦しみの中にこそある

しびれる名言は続きます。

人生楽ありゃ苦もあるさ~♪ と水戸黄門の主題歌にもありますが、山あり谷ありだから人生は面白いのだと思います。

しかし、私もそうですが、目の前の現実でどうしても一喜一憂してしまいます。

高杉晋作のように、面白くないことを面白いと頭の中で思っていれば、現実の見え方も変わっていくのではないか?と思います。

そうはいっても、彼が背負っていたもの自体といえば、海外からそして幕府から攻められて待ったなしの危機的な長州藩の状況です。

命がいくつあっても足らないような、のるか反るかの決断が求められる状況下で、彼はその言葉に言い表せない苦悩の中に何か活路を見出そうと、自分の頭の中の考え方を自らで変えていったのだと想像します。

生死の狭間の中、無理やり明るい未来を心に描き続け、人生を面白く生きようと自分を自分で鼓舞する高杉晋作からは、ホント多くの学びや気づきがあります。

彼の残した名言は、数多く、とても今回のブログで書ききれないので、2回にわけてお伝えさせて頂きます。

さて
私ごとながら、来月の12月に下関へ行く用事があります。
ぜひ高杉晋作が挙兵した功山寺へ訪れ、彼の名言とともに時代を振り返ってみたいと思います。


トレーニングの大原則 その2

今年度より、3ケ月に一回、岩国市の保健センターからの依頼で運動指導をおこなってます。

今現在は、温泉宿泊施設に携わり、その立場で健康増進や保養、そしてメンタルヘルスなどを提案し、啓蒙する立場ですが、13年前までは、運動指導の現場におりました。

そして今も健康運動指導士という肩書もあって、第一線は離れても、やはり人々の健康づくりに携われることは嬉しいものです。

さて
先日のブログで運動のトレーニングの大原則である「ルーの法則」をお伝えさせて頂きました。

今回は、ルーの法則を発展させたトレーニングの5大原則についてお伝えします。

私自身が第一線を離れても、変わることがないトレーニングの大原則
たった5つを簡潔に説明いたします。

1.過負荷の法則(オーバーロードの原則)

同じ負荷(重さや強度)で、トレーニングをしていても人間のカラダは慣れてしまいます。

たえずカラダに刺激を与え、筋力アップや持久力アップを試みましょう。

(※ 似たような原則で「漸進性の法則」がありますが、これは徐々に負荷をかけていくということなので、過負荷の法則と交わる部分があるので割愛させて頂きます。)

2.可逆性の法則

継続性の法則ともいいます。

トレーニングも怠ってしまえばただの人、つまりアスリートもトレーニングを怠ればただの人、パフォーマンスは落ちてしまいます。

トレーニングは続けなければ元に戻ってしまうのです。

たとえ3日坊主でも、繰り返し繰り返ししていけば、1年で100日以上は延べ日数となるので、いい運動習慣はぜひ続けて下さい。

3.意識性の法則

このトレーニングは、何の為のトレーニングなのか?


そして、どの筋肉に効くのか?など頭で考えながら行うだけで、効果は変わってきます。

やみくもに回数をこなすだけでなく、意識することが大事です。

運動と思考を一致させましょう!

4.個別性の原則

人は年齢や性別、職業やライフスタイルと様々です。

そしてその体力も個々に変わってきます。

スタート時の体力がちがい、筋力や筋量、骨格や持久力などももちろん違ってきます。

なので、その人に応じたトレーニングが必要となります。

しかしながら、パーソナルトレーニングよりも全体的な一対多の運動指導が多いのが現状です。

大切なのは他人と比べないということなのです。

5.全面性の原則

人の筋肉は必ず拮抗する2つの筋肉が動く場合がほとんどです。

どういうことか?といえば、腕を曲げる(アームカール)という動作について説明します。

・上腕二頭筋が縮む。(力こぶができる)

・上腕三頭筋が伸びる。(いわゆる振袖と呼ばれる女性がよく気にされる部分)

なので、アームカールばっかりやるのではなく、エクステンション(トライセップ・キックバック)もやる→上腕二頭筋のトレーニングもすれば、上腕三頭筋のトレーニングもするということです。

もっと言えば、シックスパックを目指し腹筋ばかりするのでなく背筋もバランスよくして下さいということなのです。

どうでしたでしょうか?

いろんな雑誌やメディアで新しいトレーニングが紹介されますが、今回お伝えした5つの法則は不変なものです。

どれか一つでも意識してやって頂ければ、あなたのカラダに少しずつ変化は起こるハズです。


12月21日(土)ジビエ料理「牡丹鍋」と地酒「金冠黒松」の饗宴のお知らせ

今年もあと一ヶ月と少し。

年末に向けて、年賀状やお歳暮と年の瀬を迎えるにあたり慌ただしくなる今日この頃ですが、忘年会シーズンももうじき盛んになります。

当館では、ジビエ料理と地酒で令和最初の年を締めくくりたいと思います。

料理は地元岩国でとれる野生の猪肉を使用し、味噌仕立ての鍋をメインに川魚のヤマメや旬の天ぷらなど地元の食材が中心の献立です。

そしてお酒


岩国五蔵のうちの一つ、村重酒蔵の金冠黒松で食前、食中、そして食後と料理の味が引き立つよう、酒蔵の杜氏が当館に赴き、最良のお酒をマッチングさせてます。

お酒をセレクトしてくれるのは、金子圭一朗氏

令和最初の忘年会は、ジビエ料理と日本酒とそして温泉で、心もカラダもとことん温まりましょう。

期日:令和1年 12月21日(土)

場所:そうづ峡温泉・錦パレス

費用:15,000円(宿泊代・宴会代・朝食・税サ込み)
※一人一部屋の場合は、18,000円です

申込みは、お電話にてどうぞ  0827-73-0211


運動の大原則 ルーの法則

3ケ月に一回ですが、市の保健センターからの依頼で運動指導を行ってます。

最近は、ほぼ聞かなくなりましたが、メタボリック症候群の方に対する特定保健指導の対象者も参加者に含まれ、7月に第一回目を実施し、今月の27日(水)に第2回目があります。

熱心な参加者が多く、終了後も結構、質問があり、自分としてはきちんとフォローしたつもりでしたが、保健センターからいろいろとリクエストがありました。

そのなかで、そもそも何で運動するのか?

話したつもりでしたが、うまく伝わってなかったのでしょう。

なので、本日は何故運動するのか?の前の大原則についてのお話です。

1.適度に使えば発達するが、使わないと退化し、使い過ぎると消耗する

ドイツの生物学者:ウィルヘルム・ルーが唱えたトレーニングの大原則です。

法則と呼ばれるので、不変のものであり、誰が行っても同じ結果が得られるということです。

このことは、重たいものを持ちあげて、筋肥大を目指す筋力トレーニングについて、よく言われることですが、心肺機能を高める持久力系のトレーニングについても同じことが言えます。

(もちろん、柔軟性をたかめるストレッチなどもしかりです)

つまり、年齢とともに使わなければ、筋力は衰え、適度に使えば維持でき、そして発達させることができるが、やりすぎると筋力は逆に落ちてしまうということです。

2.年齢に唯一、いや2つ拮抗できるのは、筋力と頭の力です。

運動指導もかれこれ30年を越えてきました。

そして、つい最近まで人間の細胞(皮膚や髪の毛など)や、また視力や聴力は年齢とともに衰えてくると思っており、運動による筋力のみが年齢に抗(あらが)うことができると言ってきました。

しかし
もう一つ、年齢に抗うことができるカラダの部分がありました。

それは

脳  です。

えぇ~ 年齢とともに認知症の発症率は上がるじゃないですか?
と聞かれそうですが、認知症の原因は加齢ではありません。

逆に、脳は脳全体の15%しか使ってないとか、最近の研究では5%だとかいろいろ言われています。

ですので使ってない部分を使えるようにし、筋力同様、そしてルーの法則同様に、適度に使えば発達し、使わないと退化し、そして脳だけは使い過ぎても全体の15%ですから、筋肉と違って消耗することは無いようです。

適度に使い、そして栄養補給して、休ませる~年齢に関わらず、頭とカラダ、ルーの法則に従って、日々刺激を入れていきましょう!


本日の学び「死は生なり」 二川正志アドバイザー

毎週木曜日は、経営者モーニングセミナーに参加してます。

本日の講和は、はるばる香川県より、一般社団法人倫理研究所の重鎮、二川正志(ふたがわ まさし)法人アドバイザーにお越しいただきました。

幾度の人の死に直面し、また肉親が九死に一生を得る貴重な経験をもとに、生きること、生きているということと生き抜くことを感じた体験をもとにご講和頂きました。

1.死の自覚があるか? 人は誰しも間違いなく死が訪れる

もしあなたが、医者に末期がんと診断され、余命2ヶ月と宣告されればどうでしょうか?

自分自身の気持ちは大きく揺れ、家族に動揺がはしり、重い雰囲気がのしかかることと思います。

でも考えてみれば、人は誰しも死ぬわけです。

それが、長いか?短いか?
2ヶ月後なのか?40年先なのか?という違いだけなのです。

人は必ず死を迎えるという大前提があり、また人間だけが死ぬということを知っている生き物であるということです。

2.娘さんが海外で瀕死の重傷

それは、一本の国際電話からでした。

キャビンアテンダントだった娘さんは、海外でオフを過ごす中、ジェットスキーで大けがをし意識不明の重体となります。

そして二川さんにすぐカタールへ来るようにとの電話が入ります。

現地に着かれ、見るに堪えない姿となった娘さんとの面会は、さぞ親として辛い、辛すぎる気持ちだったと察します。

しかしながら、会社の代表でもある二川さんは、異国の地にあっても会社のことも気になるし、また一方では娘さんの事態について悩んでもケガはよくならないとわかりわかっていながらも不安と葛藤は増すばかりです。

そんな中、日本に戻り会社に赴くと、いつもと変わらず元気に朝礼をする従業員の姿がありました。

二川さんは、そこで気づかれます
「目の前の現象に、自分が右往左往していてはダメだ。心の在り方が大切なんだ」

「気持ちがめげてしまってはいけない 明るく元気でなければ」と

生きている自分が、しっかりと地に足をつけ前向きに明るく生きていく大切さをこの時に実感されます。

3.必死に生き抜く父親の生き様

2代目でもある二川さんは、当時会社の初代社長である父親の判断や仕事の仕方と、時にして見解が食い違ったこともあったそうです。

しかし、父親は病気を患いペースメーカーを入れ、その後さらに病状が悪化し、いよいよといいう時に、声にならない声を上げて必死に生き抜こうとする姿に生きるということの意味を感じ取ります。

まさに、必死に生きようとする父親の姿から、生き様を学び、生きているだけで役をなしている影響力を与える存在を目指そうと思わたそうです。

4.自分のカラダも含め、すべて借り物である

よく言われる言葉ですが、死んでもお金はあの世まではもっていけないと。

そして同じように、自分のカラダもあの世までは持っていけません。

つまり、自分のカラダはお金や物質と同じように、自分のモノであって自分のモノでない・・・死という節目で肉体と心は離れざるを得ないという現実があります。

これは、生きている時には、カラダは心(気持ち)の指示で動きますが、死を境にそれはできなくなります。

そう考えると、自分の心は自分のモノであっても、カラダは死の瞬間から自分の意志が及ばなくなるので、ある意味「借り物」という解釈もうなずけます。

そして大事になってくるのが、その借り物を動かす大元(おおもと)は何か?ということです。

何でしょうか?

・・・
・・・
・・・

それは、心(気持ち)なのです。

明るくあれば、幸運は引き寄せられます。
しかし、暗く愚痴や人の非難ばかりしていても、幸せはやってきません。

ウソでもいいから、明るく笑っていれば、心は変わり目の前の現実も変わっていくのです。

つまり、心がすべてを動かしてるといって過言ではないのです。

5.命の炎をもやして

火は細くても、種火でも再び再着火すれば、より大きくなる可能性はあるが、消えてしまってはそれまでである。

人の人生も、細くあったり時に又太くなったりと、又消えそうになっても周りから心の炎を分け与えてもらったりと様々です。

大事なのは、命の炎を消さないこと

消すことは死、人生での希望を完全に失った状態だと思います。

そして、二川さんは最後におっしゃってました

「命はいつ途切れるか?わからない そして元気だから長生きするのではない」

「生きる力に出し惜しみをしてはならない。自分の心は熱く燃えているか?」

「思っているだけでも変っていく その為に仲間(倫友)があり、人間は一人では、自分との約束は平気で破ってしまう」

「周りを救うだけで、自分も又救われる」

どれも深い言葉で、また痛すぎるぐらい気づきを本日も頂きました。


鍋の季節が到来です~おススメ「清流の天然川ガニ鍋」

紅葉の時期も、もう時期終わりを迎えます。

寒さも日々、感じられる中、カラダが温まる温泉と鍋の恋しい季節となりました。

当館では、この時期より、清流・高津川でとれた天然の川ガニを鍋に一匹、まるごと入れ、ダシが充分にでる「川ガニ鍋」をお勧めしています。

1.川ガニの旨味が、鍋一杯にひろがります

冬の時期はカニですが、世間一般的には海の蟹を言う訳ですが、川のカニもなかなかどうして、結構イケます。

正直に言えば、食べる量は、海の蟹には劣ります。

しかし、ことダシ(出汁)になれば川の蟹は絶品です。

2.鍋の旨味をさらに引き立てる、謹製「ゆず胡椒」

鍋の味を引き立てるゆず胡椒。

通常は、緑色ぽい感じですが、当館のはオレンジ色

これは、唐辛子をたっぷりと使ってます。
「えぇ、辛いのは苦手・・・」という方もご安心下さい。
確かに、入れ過ぎると辛さは増しますが、耳かき一杯分を入れれば、鍋の味がグンと引き立ちます

3.鍋を食べ終わった後の〆(しめ)は、雑炊とどうぞ!

川ガニや鍋の具材の味が、しっかりしみ出た鍋の汁をつかった雑炊が、また食欲を増してくれます。

卵をといて、だし汁に混ぜ蓋(ふた)をして約一分半、あつあつのカニ鍋雑炊が出来上がりです。

寒さが身にしみれば、しみるほど有り難い「天然川ガニ鍋」

お一人様:1,550円(税込み)です