本日の学び「縁に想う」有馬貴志氏

毎週木曜日は、経営者モーニングセミナーに参加してます。

本日の講和は、山口県倫理法人会西部地区長の有馬貴志さんです。

お父さんとの軋轢が長年続いたが、何故にお互いの関係が改善されたか?

そして、奥さんに一日20分間、25年間続けている行動がもたらした福音とは? をしっかり語って頂きました。

1.縁の持つ意味

縁(えん)で緑(みどり)では違うということから、話ははじまりました。

つながるもの、広がるものは、すべて糸偏(いとへん)であるということです。

2.父親との縁

例えば幼馴染の縁でとか、酒とタバコとは無縁、またご縁があって知り合ったなど様々なシーンで使われる言葉「縁」。

こと親子、兄弟などの肉親となれば、これはまさに血縁であって切っても切れない縁とも言えます。

私自身もそうですが、12年前に東京から山口に帰り一緒に父親と仕事をし始めた頃からごく最近まで、よく口論をしたもので、男同士の親子関係はあまりうまくいかない場合が多いようです。

有馬さんも、父親が暴力を振るい家庭に苦労が絶えなかったそうです。

3.怖れおびえた父親の表情

暴力を振るう父親を力で制止しようと思っても中学生の頃の体力ではまだまだ対抗できません。

そして高校生へ
いつもの如く自分の母親や祖母に暴力を振るおうとした父親に、木のバットをもって制止にあたります。

その時のおそれた顔の父親の顔が今でも忘れられないそうです。

4.私(吉本)にも思い出される父親との記憶

私も有馬さんとお父さんとの話は、ず~と自分自身の親子関係とを重ね合わせながら聞いていました。

いつもの如く、お互い罵声を浴びせあう口論をしていた時です。

父:「お前なんか辞めちまえ!」

私:「あぁ~辞めてやらぁ!」
いつもは「そっちこそ辞めちまえ」と言い返すのですが、次の日辞表を叩きつけました。

そして私の忘れられない記憶は、見たことの無い元気のない力のない父親の表情でした。

いくら口ごたえしても、やはり親が子供を想う気持ちは、有馬さんのそして私の父も皆同じということに、改めて気づかされました。

5.父親が倒れる 

有馬さんの父親が一日に3度も倒れることがあったそうです。
病院に連れて行き診断の結果、病名は「うつ病パニック症候群」でした。

酒を飲んで暴力を振るい、でもご本人の内側では、精神を病むほどの大きな悩みを抱えていたのでしょう。

もしかしたら、この時点でお父さんは息子には感じて欲しくない何かを酒で紛らわし暴力という表面上の行為として表していたのか?もしくは、何かを感じて欲しい気持ちと裏腹の行為だったのかもしれません。

6.二人だけの生活の中で生まれた「思うから想う」への変化

有馬さんは一緒に暮らす中で、常に父親の事を思い考えるようになったそうです。

一つ屋根の下で無言の親子関係が続き、しばらくしても会話が続かないギクシャクした親子関係は徐々に徐々に改善に向かいます。

それは、有馬さんが父親が好きな野球の話で話題作りに取り組むと、今度は仕事から帰ってくる有馬さんの為にお父さんが冷蔵庫にビールを冷やして待っていたりとお互いがお互いを気遣うようになります。

有馬さんがお父さんのことを思い考え、そして話を切り出そうといろいろと取った行為同様に、お父さんも息子を思う気持ちがビールを冷やすという行為=相手を想う気持ちと変化していった訳です。

そして奇跡は起きます。


一緒に暮らし始めて8カ月目のある日、お父さんが有馬さんに「一人で暮らすから、もう奥さんの元へ帰っていいぞ」と。

つまり、うつ病パニック症候群は治っていたということなのです。

山口県倫理法人会 西部地区長 有馬貴志さん

7.夫婦円満で25年間

有馬さんは、25年間365日 奥さんの肩を一日20分もんであげるという行為を続けられてます。

最初は、面倒くさく感じ、飲んで疲れ遅く帰っても奥さんは肩をもんでもらえるから、たとえ深夜1時や2時になっても起きられていたそうです。

それでも決めたことです。

肩をもみは続ければ奥さんはモチロン喜んでくれ、相手が喜ぶとだんだん有馬さん自身も嬉しくなり、そして今日まで続いているとのことでした。

8.形が想いをつくることもある

最初は気持ちが乗らず始まったお父さんとの2人暮らしや奥さんへの肩もみ。

しかし、続けていると相手の気持ちに変化があらわれ、お父さんの場合は病まで治ってしまったということなのです。

倫理では「見えない世界の力(自分の心)を使って、見える世界(現実)を変えていく」のが教えです。

しかし、今回の有馬さんのように、現実の世界で気持ちが乗らずとも続けていけば、相手の気持ちが変わり、そして自分の気持ちが良好になる場合もあるといくことを知りました。

今では、有馬さんは大人の愛情で子供たちに様々な学校では得られない体験をしてもらうKANANOWA照子親(かなのわ てらこや)という自身が受けた愛情を子供たちに様々な形で注ぐ活動も精力的にされてます。


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