岩国北部の歴史上の人物とその環境に学ぶ

ちょうど一か月後には
歴史に名を残す

元治元年(1864年)
12月15日

高杉晋作の功山寺挙兵

彼を敬愛する私にとって
ある意味元旦のような

自分の志とは何か?を
再考する日と決めてます

彼を語るとブログの内容が
長~くなってしまうので

本日は岩国北部地域の
歴史上の人物の紹介

そしてそこから見えてくる
また感ることをお伝えします

1.吉田松陰先生の兄 杉民治

吉田松陰先生は
誰もがご存じ

苗字は杉
幼名は寅之助

彼はその後吉田家の
養子となり

吉田松陰と改めます

そして彼の兄は杉民治

その石碑が岩国市本郷町に
あり

当時は代官所の代官を
務めてます

2.松下村塾の創始者 玉木文之進

世界遺産にも指定される
山口県萩市の松下村塾

松下村塾と吉田松陰先生の
私塾のように思われますが

その創始者は叔父の
玉木文之進です

日露戦争で活躍した
乃木大将こと

乃木希典(まれすけ)

彼は玉木の親戚筋であり
大きな影響も受けてます

玉木もまた岩国市本郷町の
代官所で代官を務めてます

3.山城屋和助(野村三千三)

やましろやわすけ
(のむらみちぞう)
と読みます

歴史の教科書には
載ってませんが

彼の功績は奇兵隊の
小隊指令として

明治維新が成し遂げた後も
越後長岡、会津、函館と

旧幕府軍と戦い功績を
あげます

その後、戦いではなく
商(あきない)の道を選び

岩国北部地域の山代を
苗字とし山城屋

また貿易で日本を助ける
ことで和助と名乗ります

山縣有朋らの引き立てで
陸軍の御用商人となり

巨万の富をき築き
豪商山城屋と呼ばれますが

しかし普仏戦争で扱って
いた生糸が大暴落

大損害を受け陸軍御用達を
失脚するのです

(写真は山代十一庄屋の碑)

4.歴史から何を学ぶか

確かにネットで調べれば
わかるような内容ですけど

しかしながら、その土地に住み
その歴史を振り返れば

今、私たちがお客さんが少なく
苦しいといっても

その厳しさ、逆境の度合いが
違います

歴史上の人物と
自分を比べる以上に

今の恵まれた望めば知識は
いくらでも手に入る

そんな状況を有難いと
思えばやる気も上向く

歴史を学べば
自分の立ち位置

恵まれた環境が
見えてくるものです

歴史と古い町並みが残る岩国市本郷町は歴史の舞台でもあったのです




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