奇兵隊と鹿の生息のウソのようなホントの話

千葉県では大雨により、又も大変な被害となり、昨年豪雨を経験した我々としても、その大変さは他人ごとではなく心からのお見舞いを申し上げる次第です。

さて、ここ数年 台風や水害などの被害もさることですが、鳥獣被害も人口減少とは相反して変わらず起きてます。
人が作った農作物がサル、イノシシなどから被害を受けるわけです。

最近は、農畑を荒らすイノシシやシカなど捕獲してジビエとして売り出しているケースをよく見かけます。

本日は、ジビエに絡んだ内容ですが、広島県北や隣の島根県などでは鹿がいるようですが、なぜか 我々の岩国市北部では鹿を見かけることはありません。

しかしながら鹿のつく地名は幾つかあるものの、何故鹿がいないのか?についてお伝えします。

1.鹿のつく地名は近隣にいくつかあります。

例えばもうすぐ紅葉の見頃となる岩国市錦町の木谷峡には、「鹿落ちの滝」という場所があります。

また、二輪草の名所でもある岩国市の二鹿(ふたしか)地区も、伝説からの由来といいながら、やはり地名に鹿という文字が含まれます。

隣接する島根県吉賀町も合併前は鹿足郡(かのあしぐん)でここも鹿。
同じく周南市の日本一のおみくじの産地で有名な鹿野(かの)町も鹿。

地名にあるということは、生息しているからだと推測されます。

2.何故、岩国市には鹿がいないか?それは歴史上の事実により語られてます

歴史を紐解けば山口県は長州藩、そして時の幕府である徳川14代将軍の頃、新しい時代を築く長州藩は当時の幕府にとっては煙たい存在でした。

幕府は長州藩を「長州征伐」という名のもと進軍してくるわけです。

それを迎え撃ったのが、高杉晋作率いる奇兵隊です。

(岩国藩鉄砲隊 ・岩国市観光協会より)

特に安芸の国(現・広島県)との国境であった広島県と山口県の県境を流れる小瀬川付近はかなり激しい戦いが繰り広げられたそうです。

そしてこの時、敵方を打つための鉄砲の練習として奇兵隊が的にしたのが、野山に生育する鹿です。
これを相手方に見立て銃撃の訓練をしたことにより、その当時から現在に至るまで鹿はいなくなり、そしてそれが今でも続いているということです。

ウソのようなホントの話。

やはり、歴史(事実)は、小説よりも奇なりとはこのことでしょうね。

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