高杉晋作の名言より今の閉塞感を打破するヒントとは

今の世の中、コロナウイルスの影響で閉塞感が続けば2020年は本来オリンピックイヤーになるべきはずだったのが、間違いなくコロナショックで経済が大打撃を受けた年と歴史に刻まれるはずです。

その歴史をひも解けば、我々が住む山口県も今から150年以上も前の幕末の頃は外国や幕府を敵にまわし、当時の長州藩はのるかそるかの存亡の瀬戸際にあったのです。

そして、その絶対的な危機を救ったのが高杉晋作です。

彼の辞世の句で有名なのが「おもしろき事のなき世をおもしろく」です。
そしてそれ以外にも多くの、そしてこのような閉塞感のある時にこそ、深く身に浸みて気持ちを鼓舞するような言葉を多く残しています。

その彼の残した辞世の句を振り返りながら、今の時代に何かヒントとなるきっかけを見つけられればと思います。

1.人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見いだせるからだ。

人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ。
しかし、死地におちいれば、それでおしまいだ。
だから困ったの一言は俺は吐かない。(高杉晋作)

彼の死生感を垣間見る言葉だと思います。

そして師である吉田松陰先生に問うた時の回答が下記のものです。

「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし しかし生きて大業の見込みあらばいつでも生きるべし」 (吉田松陰)

(自分が死んでも朽ちることがない価値ある業であるならば命をかけるべきである。しかしどうしても達成すべきことが未達ならば、どんなことがあっても必ず生き延びその大業を達成すべきである。)

我々経営者からすれば、よく言う「モノ・人・カネ」のお金の部分は、今回のコロナショックで中小企業は大打撃を受けています。

お金に苦しむことは、幕末の生きるか死ぬかに比べれば大したことではなくても、やはり見えない先行きにいらぬエネルギーを使ってしまいがちです。

自分にとっての「生きて大業」とは何なのか?今こそこれを考える、深く考えるいい機会に遭遇できていると捉えるべきではないのでしょうか。

2.死んだなら釈迦と孔子に追いついて、道の奥義を尋ねんとこそ思へ

またまたスケールの大きいすぎる言葉です。
しかし、これを言い切るのが高杉晋作なのでしょう。

とある話ですが、ソフトバンクの孫正義さんが高校生の頃、当時のカリスマ経営者であった日本マクドナルドの創業者「藤田田(ふじたでん)」さんに会いに行ったことは有名です。

孫さんは高校生の立場でなかなか面会は受け入れられなかったそうですが、何度も何度も手紙を書き、そしてようやく15分の面会がかなったそうです。

スケールの大きな人はより大きな人物から学びを得ようとする訳です。
それも本でなく本当に会いに行くという行動なのです。

話は戻りますが、もし高杉晋作が生きていたなら、今のコロナウイルスによる経済危機をどのように捉え行動を起こしていくのでしょうか?

イギリスとの講和条約の席で賠償金300万ドルを要求されれば「幕府が払うのが本筋」と言い切り、払わないならば再び戦争をけしかけると脅されれば「長州にはまだまだ命を惜しまぬ強者がいくらでもいる」と押し返しす勢い。

彼のエネルギーはどこから来るのでしょうか?

彼自身の目指すもの、そしてスケールの大きさが、事の大変ささえも些細な事と捉えてしまうのでしょう。

「ひとたび動けば雷電の如し、発すれば風雨の如く」
27歳として終えた彼の人生も、自分を信じ迷わず太く短く生きたからこそ不可能と思える難局も乗り切れたのでしょう。

多分、今の自分自身の苦しさなど、彼なら鼻歌交じりで乗り切ったと思います。

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