いつもと違った感謝の晦日(みそか)詣で

7月ももう終わり
(といってもあと一日)

毎月30日は
晦日(みそか)詣で

昨年の10月から
ちょうど10ヶ月

なんとか続いてます


いつも神社にお参りする時
作法ばかりが気になり

手を合わす前までは
合ってるか?どうか?

結構、そわそわしてました

ですが
本日は不思議なことに

神社の鳥居をくぐる前から
感謝の心に満ち溢れ

自分に関わるいろんな人

家族、従業員、取引先
仲間など

ホント
ありがとう

まさに有難い感じでした

最近は自分事ながら

この感謝の気持ちが
ことあるごとに生まれる

これもコロナを経て
厳しい時が続いたからこそ

当たり前を当たり前と
思わなくなった

そのことからかも
しれません

ですので自分はコロナを
憎いと思ったこともなく

かといって感謝をしている
訳でもなく

有り難い

考えられない事態が起こり

自分で言うのも
おかしなものですが

成長させてもらった
そう感じてます

そんな意味も含めて
晦日詣で10回目にして

改めて今までと違う
雰囲気を感じられた

それは

苦難困難があったからこそ
そう解釈します

誰だって逃げたい
時もあります

うやむやにして
しまいたいことや

誰かのせいにして
しまいたいこと

人間なら誰だって
あると思います

目の前の困難から
目を背けるな!

言ってることはわかりますが
なかなかそうもいきません

私は逃げることが
すべて悪いとは思いません

前回もお伝えしました
当館は逃避する目的で
使ってもらって

大いに結構です

ですが、いつまでも
逃げていても

問題解決には
なりません

どこかで胎(はら)を決めて
やらなければいけません

なので、一旦逃げても

当館で一泊なり二泊なり
して頂き

また、英気を養い
チャレンジしてもらいたい

自分が何ができるでも
ありませんが

静かな環境の提供と
県下一の清流・宇佐川

コーチングや
カウンセリングなど
受けなくても

悩みや不安が徐々に
解き放たれていくような

事実、自分も一人で
遠くの山を見たり

眼下の清流を見ながら
解決する方向へ
気持ちが動いたのです

やはり自然は
受け入れてくれる


そして誰も拒まない

今、何となく
わかる気がするのです

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